「はぁ?」
間の抜けた声に、近くの社員達が振り返る。
『なんでも仕事でパーティに出なきゃいけないとかで、りりの美容部員の友達呼んで化粧してもらって、着てく服がないって言うから母さんの服貸したんだけど』
「パーティって、何処の?」
『高坂病院って、あれだよね。正也さんのとこのだよね?』
確か妹の千尋が帰国して、誕生日も兼ねてパーティするって言ってたのを思い出す。
誘われたけど、面倒だから断った、あれか。
まさかリリーが出席すると思わず、自分でも知らぬうちに険しい顔をしたのだろう。
こっちを注視していた社員達が、慌てて自分のデスクに向き直った。
『俺りりの顔すげー久しぶりに見たけど、あんな可愛いと思わなくてさ。りりと一緒にきた水戸って男と一緒に驚いよ』
勢いよく立ち上がると、キャスター付きの椅子が後ろの壁にぶつかる音がした。
それに構わずポケットに車の鍵が入っているのを確認すると、フロアのドアを開けた。
「急用でしばらく席を外す。皆、今日は切りのいいところで終わってくれ」
思ったより低い声で告げると、身を縮めながら疎らな返事があちこちから聞こえてきた。
ドアを閉めると急いでエレベーターに向かう。
『うわ~。さっき仕事中だって俺の電話無視してた大人が、急に公私混同』
まだ通話中だった携帯から、晴太の呆れ声がした。
「今日の仕事に支障はない」
『ははっ。颯兄の事だから、その辺確認済みでの行動だって解ってるよ。』
「リリーと一緒だって男だけど……」
『大丈夫だよ。どんな男だって颯兄には敵わないから』
「……晴太、ありがとう」
通話を切っても、なかなか降りてこないエレベーターに愛想を尽かし、階段を駆け下りる。
いつかリリーの美しさに気付く男が現れるんじゃないかと杞憂していたのが現実となった。
晴太の激励を受けたものの、気持ちばかりが焦る。
リリーは顔がいいとか、肩書や地位、財力に群がる女じゃない。
俺を……俺だけを好きなはずだ。
それでも、ここ数年開いた距離が、心を揺さぶる。
高坂病院とリリーの会社が取引あるのは知ってたけど、まさか経理のリリーが駆り出されるとは全くの想定外だった。