梨々子んちのドアノブに手を掛けると施錠されているらしくガチャガチャ音がするばかりで、びくともしない。
雑草を蹴散らせながら庭に回り込む。
窓越しに、閉まり切っらなかった花柄のカーテンの隙間に身を張り付けて梨々子の姿を探す。
梨々子―――!
限りある隙間から左右見渡すと、泣き声がした。
梨々子の髪を掴んだ女が覆いかぶさるように梨々子に向かって何度も手を振り下ろしていた。
やめろ!
やめろ!
ドンドン窓を叩いて抗議しても、女の手はとどまることを知らない。
ただひたすら梨々子に向かって、振り下ろされ続ける。
膝下まで生い茂る雑草の中、大きめな石を探して這いつくばるけど小石しかない。
早くしないと梨々子が危ないのにっ。
気ばかりが焦る中、自分の部屋から眺めた庭の全容を思い出した。
バット……小父さんのバットがあったはずだ。
記憶を頼りにその場所に行っても、見かけた時より大きく育った雑草は、夜の帳も相まってその行方を晦ましていた。
あれはまだ片付けられてはいないはずだ。
手探りの中焦っていると、俺の家の1階の電気が点いて、視界を明るくしてくれる。
俺の騒音に、父親達が起きてきたらしい。
「父さん!」
助けを求めようと声を張り上げると、指先が固い何かを捉えた。
あった!
それを手に取ると、躊躇いはなかった。
力いっぱい振り被り、窓を目掛けて打ち込んだ。
ガシャーン!
静まり返った夜闇に、激しくガラスの音が鳴り響く。
こんな夜中に不釣り合いな音で、遠くで犬の遠吠えがきこえる。
ご近所迷惑?
んなもん知るか。
俺は自分が入れる大きさに数度バッドを振りかざし穴を開けると、早急に中に踏み込んだ。
ベビーシッターらしき女は驚いた様子で尻餅をついて居た。
そのすぐ傍には、散らばった色鉛筆と、真っ黒な絵が描かれたノート。
それと、梨々子が泣き声をあげ、頭を抱えて蹲っている。
「梨々子」
なるべく優しく呼びかけても、小さい身体をブルブル震わせ俺に気付かない。
「梨々子……梨々子……?」
数回呼ぶと、漸くゆっくりこっちをみた。
初めて見た時、思わず見惚れた宝石のように輝いていた大きな瞳は、すっかり涙に濡れて恐怖で闇を落としている。
俺の視認すると、唇を戦慄かせ、いっそう涙を流した。
―――身体の芯が震えた。
「りりー!」
両手を広げると、梨々子はまっしぐらに俺の胸に飛び込んできた。
顔を肩口に摺り寄せ、声をあげて泣きじゃくる。