今まで俺を平気で忘れてたくせに、今更なんなんだ。


「梨々子邪魔」


俺が邪険に扱ってもどこ吹く風の如く、抱き着く手を緩めない。


「りり良かったね。王子様が帰って来たよ」


黒川の小母さんまで揶揄うように言う。

嘆息しながら梨々子を持ち上げてソファに座る。

離れない梨々子を膝に置き、テーブルにあったポッキーを口に含む。

梨々子の両親は共働きで、あまり家に居ないらしい。

寂しいのか、くっつくとなかなか離れない。


「梨々子、あーん」


1人で食べてるのもなんなんで、梨々子に口を開けるように促す。

素直にあーんとして梨々子の咥内に食べやすい大きさに折ったポッキーを放り込んだ。

嬉しそうにもぐもぐしている。

その様子を小母さんは微笑ましそうに頬を緩め、母親は瞠目。

俺は内心舌打ちをした。

梨々子と2人で部屋に居る時、いつも金魚のように口を開けてお菓子を強請ってくるから、ついその癖が出てしまった。

怪訝な表情をすると、母親2人は慌てたように途中だったらしい会話を再開させた。

同じ空間に居るのだから、勝手に会話が耳に入ってくるのは不可抗力だ。


「りりったらお転婆で、この前保育園の雲梯から落ちたって、腕と足にあおたんつくってきたのよ?」

「りりちゃん活発だもんねぇ」


ふと、梨々子の保育園を通りかかった時の事を思い出した。

確か、ベッドから落ちたって言ってなかったっけ?

膝に座る梨々子を窺うと、無言で口の中の物を飲み込むと、


「おにかいいくー」


俺の部屋移動を催促してきた。

その癖膝から降りる様子もなく、仕方なく抱き上げると、トレイに載せたお菓子とジュースを遠慮がちに母親に持たされた。

部屋には、まるで我が物のように梨々子の落書帳と色鉛筆がチェストの上にある。

それをテーブルに置くと、待ってましたと言わんばかりに絵を描き始めた。

黙って近くにあった雑誌を適当にめくり、たまに梨々子を見遣る。

一心不乱とばかりに集中している姿に、そっと後ろから覘き込み、瞠目した。

白いはずの落書帳を真っ黒に塗り潰す、小さな手に息を飲んだ。


「梨々子」


勢い付く手を止めるように色鉛筆を取り上げると、眉初めて見た時、宝石のようだと思った大きな瞳を歪ませて、梨々子が振り返る。