大丈夫、大丈夫、怖くない。
そう颯ちゃんが抱きしめて背中を撫でてくれた。
笑いだしそうな膝を叱咤して、足を前に進める。
大丈夫、大丈夫、怖くない。
真っすぐ課長の席に向かい、聞こえないように小さく息を吐きだす。
課長のデスクの前に立つと、私を見るなり瞳を見開き大きく口をぽかんと開いた。
今朝婚姻届をだした後、颯ちゃんにいただいた結婚指輪を指先で撫で、勇気を奮う。
「か、課長。先日は私事で会社にご迷惑をおかけし、大変申し訳ありませんでした」
深々45度のお辞儀で謝意を示した。
物音1つしない室内は、長い沈黙が続く。
あれだけの騒ぎを起こして、やっぱり怒ってるのかな……?
恐くて頭を下げ続けると、
「その声……く、黒川、君か?」
やっとかえってきた言葉は、まさかの疑問形。
顔をあげ「はい」と言い、課長の瞠目した瞳と視線を合わせる。
あまりに凝視され、恥ずかしくて瞳を逸らした。
自分ではきちんとメイクしたつもりだったけど、やっぱりどこかおかしい?
今すぐにでも髪を解いて、いつものように顔を覆いたい衝動に駆られ瞳をぎゅっと瞑った。
不安で胸が苦しくなった、その時。
「誰かと思ったら、黒川さん!?雰囲気全然違うから吃驚しちゃった!」
私と課長の間に上半身を割り込ませてきたのは、河原さん。
伏せた瞳を興奮気味にまじまじと覘きこまれ、恥ずかしくて顔が熱くなる。
「お、おはよう、ございます、河原さん。先日はご迷惑をおかけしました。後、色々お気遣いありがとうございました。颯ちゃ……颯吾さんが、宜しくと……」
「黒川さん、やっぱりあの篠田颯吾と付き合ってたの!?」
言葉尻を奪い、私をとり囲むように、他の女子社員が群がってきた。
人の壁に圧倒され、身を竦める。
「こんな近くに本物の篠田颯吾の婚約者がいたなんてっ」
「付き合ってるの隠す為にあんな変な恰好てたの?」
「2人はどうやって出合ったの?」
「いつから付き合ってたの?」
「折角そんな可愛いのに隠してるなんて勿体ない」