突っ立ったままの身体を背を壁に凭れ、耳を傾ける。
「だから梨々子を連れ、こっちに越してきてからはベビーシッターに任せっきりだったが……」
グラスに入ったビールを呷り、苦々しく一息つく。
「元々明るい娘だったのに、小学校に入ってからはすっかり心を閉ざしてしまった……。それでも颯吾君にはよく懐いてて、また私の転勤が決まった時、幼い梨々子を連れて行くのは躊躇われた。情緒不安定な梨々子を颯吾君から引き離して、はたして大丈夫かと不安だった。それが結局、我が子可愛さに中学生の颯吾君に押し付ける形になってしまった。親としても、大人としても、不甲斐ない。梨々子の心の傷が軽度で済み、こうして1人の母親になれるのも、颯吾君が梨々子の機微にもよく気づいてくれたからだと思う。見勝手な言い分だが、君が娘の傍に居てくれて、本当に良かった。ありがとう」
「小父さん……」
お父さんのグラスにお酒を注ぎ、言葉を紡ぐ。
「俺は、リリーを預けてもらえて嬉しかったです。あの頃の俺は、空っぽだったから。でも、そんな俺にリリーは手を伸ばしてくるんですよ。笑って、俺の名前を呼ぶんです。それだけで満たされて、救われました」
「大変だったもんな、あの頃は……」
「ははっ」
2人は昔を懐かしみ、遠い瞳で口元に笑みを零していた。
「颯吾君、あの娘を宜しく頼む……」
「大事にします、必ず」
「……孫か。楽しみだな。ふふっ……」
お父さんと颯ちゃんの会話に、お腹を撫でた。
私は、幸せ者ね。
離れてる間もお父さんはちゃんと私を想ってくれていた。
颯ちゃんも、私が別れようと距離を置いても見捨てず求めてくれた。
あなたのお父さんとお祖父ちゃん、産まれてきたらとっても喜んでくれるし、可愛がってくれるわ。
「それにしても梨々子遅いな、大丈夫か……」
お父さんが此方を見たので、つい身を潜めて縮こまる。
あれ?
いつの間にか、完全に盗み聞きしたっぽくなってる?
「ちょっと見てきます」
ソファと衣擦れの音がして、颯ちゃんが立ち上がったようだった。
隠れてたのがバレてしまうっ。
トイレに戻ろうかと右往左往していると、インターホンが鳴った。