私は何もしてないのに、何故かお礼を言われた。

それでもやっと聞きなれた「リリー」の呼称に安堵の涙が溢れた。

こんな泣いてしまって……だから私は子供なんだ。

こうやって泣くのは、今日で最後。

颯ちゃん、私、ちゃんといい奥さんになるよ。

心からそう決意した。


「全く、颯ちゃんに甘えっぱなしね」


喜色を交えた呆れた声に、少し恥ずかしくなる。

仕方ないのよ。

私的に、1カ月以上颯ちゃん会ってなかったんだから(送別会で意識をなくした夜は夢判定だったのでノーカウント)。

お母さんに促され、床からソファに移動する途中、私は悪阻に襲われトイレにたった。

颯ちゃんがついてこようとしたけど、見られたないので断った。



「梨々子、悪阻は胎盤ができる過程で起きるらしいわよ~。赤ちゃんのためにも頑張りなさ~い」


お母さんがトイレの外で待ってるらしく、外から激励してくれてた。

やっと落ち着いて出ると、


「ご飯はお腹に入りそう?」

「うん、少しなら……食べれる」

「そう。颯ちゃんもまだよね?お寿司でもとろうかしら」


と言って戻って行った。

洗面所でうがいと泣きはらした顔を洗ってリビングへ行くと、少し開いたドアの隙間から、お父さんと颯ちゃんの話し声がもれてきた。


「私達は、梨々子の為に颯吾君の10代、20代の時間を奪ってしまった」


ドアノブに触れる手が止まる。

ドアのガラス越しにのぞくと、2人お酒を酌み交わす姿があった。


「若い時分は、もっと友達と遊んで良い事も悪い事も色々吸収するもんだ。それを梨々子の子守りにあてさせてしまった。篠田夫妻にも、颯吾君にも本当に申し訳なく思っている」

「いいえ。それは、俺が望んだことです」


颯ちゃんの一人称が「私」から「俺」に変わり、日常に戻ったのだとほっとした。

だけど内容が自分なだけに、聞き耳を立てるような恰好でその場にとどまる。


「こっちに越して来た時は、私も母さんも仕事であちこち飛んで歩いててね。私の転勤が急だった上に、母さんも抱えてる案件の途中で、すぐに会社を辞められなかった。その前までは実家の母に梨々子の面倒を頼んでいたけど、母も体調が優れなくなってね。兄夫婦と暮らす事になったんだ」