目を瞠った私は、咄嗟にその手を払いのける。

でも、すぐに我に返って、自分のしてしまった事に卒倒しそうな程の後悔に襲われた。


「あの……ごめんなさい!」


震える声を抑えて深々と頭を下げ、当惑する男性を置いて逃げるようにその場を走り去った。

パウダールームに駆け込み、洗面台に手をついて崩れそうな身体を支える。

足がガクガクする。

少しでも気を抜くと、重力に引っ張られて床に張り付いてしまいそうだ。

視界がぼやける中、前髪をあげて鏡に映る自分を見遣る。

そうすると、何処からともなく、子供の頃の私も顔を覗かせる。

幻聴か、悪魔の囁きか。

鼓膜に『ブースっ』と声が木霊してきて、耳を塞いだ。


―――嫌だっ!


胸が締め付けられるように軋み、込み上げてくる苦しさに、首を絞めるようで息苦しい。

激しい動悸が首を伝い、耳を塞ぐ。

体が鉛のように重くて、地に引き込まれるようにしゃがみ込む。

苦しい……。

颯ちゃん、助けて……。

混乱する中、迫りくる声をかき消すように、心の中で大好きな王子様の名前を何度も呟いた。

私が泣くといつも抱きしめてくれた。

何度も「大丈夫、大丈夫」と言って、おまじないのように落ち着くまで背中をポンポン叩いて撫でてくれた。


「……っ、はぁ……」


大きく息を吐き、頭を抱えるように髪の中に手を掻き入れると、髪が一房何かに絡み取られる。

頭皮痛みに我に返り、髪が絡まる指を引き抜くと、今朝貰ったダイヤ石に毛先が引っ掛かっていた。


―――リリー。嫌な事を思い出して苦しくなったら、俺を思い浮かべて。

―――それから、ゆっくりゆっくり息を吐いて。最初は吸うより吐く方に集中して。

―――それから、少し吸って。またゆっくり吐いてみようか。


颯ちゃんの言葉を1つ1つ思い出して、短く細くなった息をゆっくり、ゆっくり、呼吸を整える。


―――怖くないよ。

―――離れてても、俺はいつもリリーの傍にいるから。


颯ちゃんが傍に居ない時、発作が起こった場合の対処法を教えてくれた。

大人になるにつれ、邪険に扱われても、すすんで私に関わろうという人が少なくなり、こういった発作が起こる機会はなくなっていった。