リビングに入ったと同時に手は離されたけど、ソファに座っているお父さんと、颯ちゃんの真っすぐな背中。
凛と背筋を伸ばした広い背中を、私は生涯忘れないだろう。
「颯吾君待ってたよ~」
お酒が入ったお父さんが、朗らかに颯ちゃんを招き入れる。
「ご無沙汰しております」
2、3歩進むと静止し、その場で綺麗な礼をつくった。
颯ちゃんが持参したお菓子はお父さんの好物だったらしく、受け取ったお母さんはすぐ食べられるように用意しにキッチン持って行った。
颯ちゃんに続き私も中に入る。
2人並んで立つと、改まった動作に、お父さんも察したのか背筋を伸ばした。
お母さんもただならぬ様子に戻ってきた。
私の見るなり長い前髪が纏め上げられた素顔に歓喜の色を見せ、途端に瞳を見開き、曇らせた。
「どうしたの!?」
駆け寄るなり左の頬に手を這わせる。
深く眉を寄せた。
一見いつもと変わらず、他人なら見過ごしてしまう事も、お母さんには解ってしまうらしい。
それは親の愛を感じる瞬間でもあり、嬉しいのだけど……今は気づかずにいて欲しかったな。
颯ちゃんがその場に正座で座る。
「私が至らず、申し訳ありません」
手をついて、床に額がつくほど頭をさげた。
なんで?
なんで颯ちゃんが謝るの?
「颯ちゃんやめて!」
お母さんを振り払い、颯ちゃんに土下座をやめるよう腕を揺らしても、決して顔をあげなかった。
頬の腫れは、颯ちゃんの所為じゃないのに。
お母さんは、颯ちゃんの前に膝をつき屈む。
「颯ちゃん……。顔、あげてもらえる?」
言われ、颯ちゃんがゆっくりとた動作で上体をおこした、その瞬間。
パシっ。
乾いた音が室内に響いた。
「お母さん!」
颯ちゃんとお母さんの間に割りいって、颯ちゃんの頬に手を添える。
「急に何するの!?」
「梨々子にいったい何をしたの?梨々子はご飯も喉を通らないくらい、ずっと苦しんでたのよ?元々色の白い娘なのに、更に顔を青白くして。毎日魂の抜け殻のようにふらふらして、見ている方が辛くなるくらいだったのに」
私を遮り言葉を投げると、エプロンの裾を瞳にあて肩を震わせた。