颯ちゃんが一人暮らしを始めてから(りことしてだけど)マンションに行くのが常になっていたから、部屋に入るのも本当に久しぶりだった。
まぁ、颯ちゃんの婚約話があってから、足は自然と遠のいてはいたけど。
窓の空いた部屋は綺麗に片付いていて、全然埃っぽくなくて、部屋主が不在中も小母さんが掃除してくれているのが解る。
冷房を入れて、静かに冷風が流れ始めると窓を閉めた。
颯ちゃんはシワのないベッドに腰をおろすと、自分の隣をポンポン叩いて、所在なく突っ立っていた私に座るように促した。
颯ちゃんは怒っているようで、表情は険しいまま。
「颯ちゃん……今日はありがとう。あの……ごめんなさい」
颯ちゃんに、謝らなきゃいけない事が沢山ある。
まず、容姿を変え颯ちゃんを憚り、そして、一方的に姿を消した事と、妊娠を隠していた事。
望んでいなかっただろう、私の妊娠。
私なんかを婚約者と言ったのは、責任を感じてしまった所為かもしれない。
しかも、香織さんの対応は私1人でも大丈夫だと思ってたのに、結局颯ちゃんに助けてもらった。
颯ちゃんだって、仕事中だったろうに、病院にまで付き合わせてしまったし……。
それらを逡巡させて、1つの欺瞞から、とんでもない事態に発展させてしまったと慄く。
「どうして、香織が乗り込んできた時、すぐ連絡くれなかったの?」
低い固い声が言葉を紡ぐ。
「俺が着くの待っててくれれば、こんな傷つけなくて済んだのに」
まだ少し腫れの残る頬にそっと手を添え、痛々しそうに瞳を細める。
「俺言ったよね?色々片付けたら迎えに来るから、俺を信じて待っててって、言ったよね?」
え……それって………。
聞き覚えのあるセリフに、思い当たる記憶まで一気に遡る。
そんな、まさか……。
数日前に見た夢と、同じセリフ。
「リリーが消えて、本当苦しかったんだ。小母さんから体調崩してるって聞いても、見舞いもさせて貰えないし、看病だってさせて貰えない。傍に居たいのに、抱きしめたいのに、ずっと避けられて何も出来なかった。それでも、やっとお互いの気持ちを確かめて、愛し合えたと思ってたのに……」