「何よっ!私怨で会社を巻き込むなんて上に立つ人間がする事かしら!?」
かおりさんは、負けじと挑戦的な態度を崩さない。
「リリーについて調べた割りに、調査が甘いようだから、追加事項に教えてあげよう。篠田商事の現社長は、孫の俺たちよりも黒川梨々子を溺愛している。頬の傷だけでなく、お腹のひ孫にも何かあれば、相手が誰であろうと過分な礼を厭わないだろう」
怜悧に光る瞳に咎められ、流石の香織さんも表情を引きつらせ唇を噛みしめた。
お腹のって……私が妊娠してるの……知ってるの……?
颯ちゃんに背中に手を回され、上目使い気味に見上げると、さっの冷徹さが嘘のような穏やかな笑みを返される。
そのまま膝裏にも手を回され横抱きにされ、浮遊感に驚いて、颯ちゃんの首にしがみついた。
私を抱いたまま一回転する。
後方には経理課の面々だけでなく、更に黒山の人だかりができていて慄然とした。
は、恥ずかしい!
降りたいと身を捩っても、宙に浮いている状態では危ないとばかりに膂力が増して余計動けなくなった。
「お騒がせして申し訳ありません。まだ勤務時間中かと思いますが、婚約者を病院へ連れて行きたいので、早退させていただいても宜しいでしょうか?」
一気にどよめきが起こった。
―――え?
こ、こ、ここここここ婚約者!?
頬にあてていたタオルを自分の胸に落とした。
て、誰???
病院に連れて行く?
婚約者を?
早退?
え?
すっかりパニックに陥ってる私に、颯ちゃんが核心を突いたかのような満面の笑みを向けた。
え……?
えええええええぇぇぇぇぇ―――!?
前髪で表情は解り難いかもしれないけど、私は大いに驚いた、内心で。
だって声が出ないほど吃驚したんだもん。
先刻、颯ちゃんに新たな婚約者の存在を公言された上に、それが私だなんて、稲妻が落とされた脳内ではうまく齟齬出来ない。
ま、まじですか……?
「き、勤務時間は……す、過ぎておりますっ。どうぞっ、お気になさらずお帰り下さい!」
課長が声をひっくり返しながら、敬礼しそうな勢いで居住まいを正した。
いつも気怠そうな課長の初めて見るキビキビした様子に、経理課の面々は胡乱気な視線を送っている。