一部は旬なアイドルを見るように興奮して騒いでいる。
一体どの場面から見られていたのか……。
そんな私の焦りを他所に、香織さんは凄い勢いで、恫喝しながら向かってきた。
「颯吾!私という婚約者がありながら、こんな公衆の面前で何してるのよ!!」
また手を振り上げられて怯むと、颯ちゃんが私を背中に隠した。
それがますます気に入らない香織さんが雄たけびを上げる。
「その女庇って、会社がどうなってもいいの!?」
「どうなっても?篠田商事は、痛くも痒くないが……」
「なっ……!私達の結婚は政略結婚なのよ……!?パパの会社から支援貰えなくなってもいいわけ!?」
暗に支援を貰わないと、颯ちゃんの会社が大変になると言う香織さんの発言に慄く。
颯ちゃんの会社、そんなヤバイ状況だったの?
2人の政略結婚って、会社を大きくしたいとか、分野を広げたいとかじゃなくて、そういう意味だったんだ……。
私の自分本位な行動が、篠田商事の危機を招いている。
篠田商事は大手企業だ。
そこに働く従業員の数や、今展開している事業の規模を考えると、支援がなくなる事での打撃を想像して、自分の罪深さが怖くなった。
「はぁ……」
颯ちゃんが呆れたように深い溜め息を吐いた。
丁度水戸さんが戻ってきて、濡れたタオルを私の頬にあてようとすると、颯ちゃんがそのタオルを受け取り綺麗に畳みなおす。
自分の頬の状態は見れないけど、颯ちゃんは私の頬を確認すると、甲斐甲斐しく冷やしてくれる。
「ちょっと、なんか言いなさいよ!」
手当に集中し反応を示さない颯ちゃんに、業を煮やしたらしく、痺れを切らして怒号を飛ばして来た。
「……そもそも、俺は君と婚約した覚えがない」
2年もの間、世間で囁かれていた婚約関係をあっさり否定した発言に、周囲からどよめきが起こった。
勿論、話題の当事者である香織さんも大きく瞳を瞠った。
「はぁ?なっ、何よそれ……。2年も婚約期間があって、今更婚約した覚えがないって……私を馬鹿にしてるの!?」
「確かに君の父親から……宮川社長から娘の君との結婚の打診はあった。だけど、俺は即座に断っている」