「なぁリリー。これだけずっと一緒に居て、俺はそんなに信用の足らない男だったか?」
その声の方に視線を向けると、髪を乱して息を弾ませる颯ちゃんの姿があった。
「リリーに対して、そんなに不誠実だったか?」
それでも乱れを微塵も感じさせず、ギリシャの銅像を象ったような赫々たる佇まいは美しく見惚れてしまう。
それが、悠然とした動作で近づいてくる。
颯ちゃんは訝しい表情のままで、私の知る屈託なく笑う颯ちゃんはどこにも居なかった。
不機嫌……ううん、怒ってるって言った方が正しい。
「颯吾~、私の為にに来てくれたの?嬉しい~!」
さっきまでの烈火の如く怒り狂っていた香織さんは一転。
向かってくる颯ちゃんに甘えた声音を弾ませて駆け寄ってい行く。
「やっぱり結婚、思い直してくれたのね~」
ツキンと胸が痛んだ。
颯ちゃんの登場で、今までの件が頭からぶっ飛んだのか、香織さんは嬉々として颯ちゃんの腕に自分の腕を絡ませようと手を伸ばした。
その仕草に、私の中で焦燥感が走る。
この2人のツーショットなんか見たくないのに。
視線を逸らしても、好きな人を完全に視界から排除出来ず、盗み見るように窺ってしまう。
私、未練たらしい……。
誰にも颯ちゃんに触れられたくない。
そんな私の想いが届いたのか、香織さんの手は颯ちゃんに触れる前に空を切り、颯ちゃんに身を翻して避けられた。
尚も香織さんは果敢にも後ろから手を伸ばし颯ちゃんを掴もうとしたけど、接触を拒むように回避される。
颯ちゃんは、それに見向きもしないで、私だけを捉えて真っすぐこっちに向かってきた。
私の正面に来ると、片膝をついて屈み、眉根に深くしわを刻んだ。
引っ叩かれた顔に指先を滑らせると、
「冷やしたタオルを」
近くにいた水戸さんに指示を出し、明らかな剣呑を纏わせ、あたりの空気の低下させる。
「リリー、病院に行こう」
立ち上がると、座ったままの私を引き上げるよう腕を引きくけど、私はそれを横薙ぎにした。
あっと瞠目した颯ちゃんを横目に、俯く。
本当は、今すぐにでもその手に縋りつきたい。
飛びつけば、颯ちゃんは間違いなくいつものように抱きしめてくれる。
だけど―――。