「退いて!!」
腹の底から金切声を張り上げると、大声に怯んだ香織さんが一瞬静止した。
その隙に上体を起こし、香織さんの股から這い出る。
私の赤ちゃん……私の赤ちゃんは大丈夫……?
無事を確認しようと、両手で触診するよう掌をお腹に這わせ、ぎゅうっと抱きかかえるように蹲る。
私のその身振りから、香織さんは鋭い嗅覚で拾い取った『違和感』に瞳を見開いた。
驚愕に染まる顔を、私は渾身の力を込めて睨み、見上げる。
「私は……私は、半端な気持ちで颯ちゃんが好きだった訳じゃない!……香織さんには悪いと思ってる。それでも、本気で颯ちゃんが好きだから、一緒に居たかったの!」
私の喚声にあたりは静まり返った。
涙がとめどなく流れ出る。
「やっとの思いで別れたのに、今更蒸し返さないでよ。思い出させないでよ……。私は……本当にあれ以来、颯ちゃんと会ってないの。その間に颯ちゃんが誰とデートしたとか、キスしたかなんて知らない。颯ちゃんの噂話なんて聞きたくない」
苦しくて、喉が詰まって俯く。
「水戸さんの気持ちは凄く嬉しい。自分を想ってくれる人に流されてしまえば、どんなに楽かって思う。でも私は、颯ちゃんがダメだから、水戸さんに縋ろうなんて思えないの。颯ちゃんに騙されても、都合よく遊ばれただけだったとしても、それでも私は、颯ちゃんが好きだし、颯ちゃんしか欲しくないの。ごめんなさい」
颯ちゃんの噂話は、心臓がとまってしまうんじゃないかってくらい心が痛かった。
指輪も捨ててしまおうと思えるほど、歪んだ感情に苛まれていたのに、結局は『好き』て戻ってきてしまう。
どんなに傷ついても、颯ちゃんが好き……。
周りに何を言われようと、颯ちゃんが何処で何をしていようと、これだけは譲れないんだ。
「もう少ししたらちゃんと消えるから。誰にも何も望まないし、何も言わないから。ただ❝私達❞の事は放っとていて」
ポロポロ零れる涙を手で拭い、もう1度お腹を抱く手に力を込める。
あれだけ喚いていた香織さんも、水戸さんも口を閉ざしたまま。
外の平和な喧騒がやけに反響していた。
その時、
「リリー、俺はそんなに信用できなかったか」
不自然なほど静まり返ったホール、低い声が反響した。