扉が閉まりそうになるのを慌てて手で押さえ外に出ると、大きく息を吸って台風の目を目指し歩みを進めた。

覚悟は決めても、心臓は破裂しそうな程大きく高鳴り、耳の後ろで爆音を鳴らしている。

香織さんが私の姿をとらえると、スプリンターのように一気に距離を縮めて来た。

あっという間に眼前まで寄った顔は怒りで狂っていた。

瞳は血走り、艶やかで真っ赤な唇は山のように湾曲して、今にも噴火しそうな程わなわな大きく震えていた。


バチンッ!!


耳元で乾いた音がホール中に鳴り響いて、私の視界に光が飛び散った。

焦点が定まらない()は白く何も映さない。

ただ、左の頬に痛いような痺れるような感覚が広がり、頬に熱を帯びていくのを感じた。

口の中には鉄の味が広がる。

眼鏡は……何処かへ飛んで行ってしまったようだった。


「あんたねー、あれだけ人が優しく忠告してやったのに、しつこく人の男に色目使ってんじゃないわよ!」


意味が解らなかった。

人の男に色目?

颯ちゃんとは、香織さんに忠告されて以来会っていないのに何を言ってるの?

揺れる頭で、香織さんの言った事を解読していると、制服のベストの胸倉を掴まれ香織さんに引き寄せられた。


「あんたみたいなブス、本気で相手にされてると思ってるの?遊ばれてるだけだって解らないの!?」


今にも食われそうな距離で罵声を浴びる。

初めて会った時、外国人のよう目鼻立ちがはっきりとして美しいと思った人は、何処かに雲隠れしたのか、さっき見た肉食獣だけが視界を占めていた。


「だいたい、そんな奇妙な恰好で、よく颯吾の近くに居れたものね。身の程を知らないのかしら?」


前髪のカーテンから、鼻で笑う口元には無い筈の牙が見えたような幻覚が見え、身震いする。

それでも1つ壁がある事に理性を保ちながら、掠れ声ながらもなんとか声を振り絞る。


「わ、私は……約束通り、あれ以来颯ちゃんに、会ってません」

「はぁぁぁぁぁぁ?じゃあ、あの噂は何?一緒に出掛けてる姿や路上キスまで見られといて、あんた私をバカにしてるの!?」


それは、お昼に聞いた噂話だとすぐ理解でき、内容を思い出しては心が軋んだ。

もうその話は聞きたくない。