吃驚した……。

香織さんが此処まで乗り込んできたのかと思っちゃった。


「黒川……。今外に出るな」


両肩を掴まれ言った言葉に、あぁ水戸さんも受付の騒ぎを聞きつけて来てくれたんだと、容易に悟れた。

どうしてこう、皆私を危険なものから遠ざけようと、守ってくれようとするんだろう。

僅かに期間で、私を取り巻く環境はとても優しい場所になってたんだね。

大好きなとても大切な人を失ってしまったけど、全部が全部失った訳じゃなかった。

お腹には、大切な人の赤ちゃんが居て、私なんかをこんなにも気に掛けてくれる人達が居る。

私の颯ちゃんしか居なかった世界の外は、ただ恐いだけじゃなく、とっても温かいものだったんだ。

私に、私の仕出かした罪と立ち向かう勇気をくれた。

だから大丈夫。


「どちらにしても、私が行かないと収拾がつかないと思うので」


微笑んで見せると、水戸さんの横を通り抜けて、通路中央にあるエレベーターへ乗り込んだ。

1階のボタンをタッチすると、深く深く呼吸して、壁に凭れて笑う膝を必死に支えた。

1度だけ会った香織さんの顔を思い浮かべてみる。

これが、世で言う修羅場ってヤツかと自嘲をもらした。

逃げだしたい、大いに気持ちはある。

だけど、それじゃあ何の解決にもならない。

自分が蒔いた種だとしても、対峙するのには恐怖が込み上げてきて、指先から体温を奪っていく。

赤ちゃんだけは守らなくっちゃ……。

自分のお腹を抱きしめるように包むと、また深呼吸をした。

1階へ到着して、扉が開くと女性のけたたましい叫び声が聞こえて身体中(からだじゅう)が粟立った。


「早く黒川梨々子をだしなさいよ!あの女絶対許さないわっ!」


そう繰り返し叫ぶ声に、つい足が竦む。

足は、足枷をつけられたように動けない。

受付の女の子に嚙付きそうな勢いで喚き散らす姿は、獲物に飛びかかる獰猛な肉食獣のようで眩暈がした。

最近まで河原さんが怖いと思ってたけど、今瞳にしている獣に比べると仔猫のようだと思える。

自分の所為で、全く関係ない人を巻き込んでしまい、自責の念に駆られた。