「その……凄い剣幕で、黒川梨々子を出せって怒鳴り散らしてたんだけど……。黒川さんって、黒川さんしか居ないかなと、思って……」


怯えた様子で言いにくそうに口ごもる。

私に怒りを覚える人……。

それは、あの人しか居ない。

頭にその女性が想い浮かんだ時、ちょうど内線電話が鳴り響いた。

誰かがとったその電話口から、若い女性と思われる尋常ではない怒号がもれ、フロア内が一気に緊張が走った。

電話をきった社員が、


「く、黒川さん……今、受付にお客さんが、いらしてるって……」


気まずそうに言い淀み、フロア内の視線が一気に私に集中した。

金沢さんが青褪めていて、よっぽど恐ろしいものをみたのだと物語っていた。

さっき電話口から聞こえた罵声が、ただならぬ空気と暗雲を落とした。


「あの、たぶん……チラッとみた感じ、宮川……香織さん、だと思う。あ、でも違うかもしれないけど」


金沢さんは曖昧そうに言うけど、たぶん本人だろうと確信できた。

最初で最後に瞳にした香織さんの姿と、睨むような瞳の強さを思い出して微かに震える。

私の事、色々調べたって言ってた。

もしそれが今も進行形だとしたら……。

まさか……妊娠が、バレた……?

まだ目立たないお腹に手をあてて、固唾を飲む。

颯ちゃんと別れた後も、警戒して逐一私の動向を探っていたのかもしれない。


「宮川香織って、篠田颯吾の……?」

「なんで黒川さんが?」


どこからかそんなひそひそ話が聞こえてきて、沢山の胡乱気な双眸が私を集中する。

疑問、恐怖、確信、覚悟。

いろんな思いが交錯したけど、私を指名で来たというのは颯ちゃん関連であることに間違いはない。

私が席から立つと、河原さんが「あ~あ」と声を張り上げて悠然立ち上がり私の方へ向かってきた。

腕組みをして、顔を横に逸らしながら大きな瞳を歪ませて私を睨め付ける。


「それ、黒川さんと私、間違ってるんじゃないのぉ?良い男物色して、アプローチしすぎたら、彼女の逆鱗に触れたみたいね。それにしても、黒川さんと私を一緒にするなんて心外だわ」