想像するだけで、崖から突き落とされたような感覚に陥って、溺れるような息苦しさに苛まれる。

心に絶望的な悲しみが渦巻いて、手が震えた。


「黒川さん具合悪い?顔が真っ青よ。トイレ行く?」


早苗さんが悪阻だと思ったのか小声で背中を摩ってくれる。

吐きたい、ような気もする。

だけど、とてもじゃないけど足に力が入る状態でもなかった。

冷たい汗が流れるのを感じながら、首を横に振って断ると、動悸が激しい胸を押さえた。

颯ちゃんの話は、もう聞きたくない。

颯ちゃんと離れてもう関係ないて思っても、もう知らないって思っても、それでも好きな感情が残ってるから、苦しいものは苦しい。

どうして、こういう話を聞いても嫌いになれないの……。

それが余計悔しい。

颯ちゃんが色々女の人を乗り換えても、リリーにだけは一貫して毎日のよに訪ねてきてくれたのは、家族だから。

きっとただの女だったら、りこのように去るもの追わずで気にも掛けられなかっただろう。

もう家族でもいられなくなったけど……。

私と颯ちゃんを繋ぐものである、右手に嵌めている指に視線を落として、昨日颯ちゃんが『猫のリリー』に言った言葉を反芻する。


―――どんなに離れてても、心はいつも傍に居るつもりだ。


決別を決めた今、私達に繋がりなんて必要なのかな……。

自分から離れたクセに、未練がましく指輪なんかして……執着してるのは私の方だ。


「あ、今井ちゃん彼からプロポーズされんだよー」


結婚の話から連動して、田所さんが言うと、今井さんが芸能人の発表のように左手薬指に輝く指輪をかざしてポーズを決めて「昨日いただきましたー」とご報告。

幸せいっぱいの笑みがとても眩しくて、私の心の影を濃くした。


「会社にしてくるといかにもになっちゃうけど、嬉しくてつけてきちゃった。今度、結婚指輪を選びに行こうって話してて、指輪の裏に刻印する文字をどうしようか悩んでて〜」


話題が逸れた事に少なからずほっとして、溢れて来る黒い感情をグッと堪える。