「親は関係ない。俺は黒川が好きだ。社食で会う以前から野村や三沢から黒川の話を聞いてて気になっていたけど、実際話して少しの時間でも一緒に居れて、守りたいと思ったのは黒川が初めてなんだ。黒川とだったら、何も後悔しない。だから。―――俺と、結婚しよう」
衝撃の展開に私の頭の中は真っ白になり、持っていた鞄を地面に落とした。
周囲から不審な瞳で見られてる私を、水戸さんは好きだと言ってくれた。
お腹の自分の赤ちゃんでもないの子を、愛せると言ってくれた。
こんな私でいいから結婚しようって……。
でも……。
ゆっくり首を横に振る。
ダメだ。
私はこれ以上周りを巻き込んで人の人生を壊したくない。
私が仕出かしてしまった事を誰かに尻拭いをさせるなんてさせられないよ。
説得するかのように肩を掴む手に力が込められ、名前を呼ばれる。
「ごめんない……。私、できません……っ」
「黒川っ」
「ごめんなさいっ」
視界を涙で歪ませ、ひたすら謝っていると、私の落とした鞄を通りすがりの1人が拾ってくれた気配があった。
「あれ~?また痴話喧嘩~?」
間の抜けた声を掛けられて、不思議と既視感に駆られ、声の方を見ると晴ちゃんが居た。
いつものように冗談なのか確信犯なのか真意のはかれないその人は、にこにこ笑っている。
「こんな時間に2人で居るなんて、もしかして付き合ってるの?」
「付き合ってないっ」
「今、口説いてる途中」
晴ちゃんの前でなんてことっ。
軽く水戸さんを睨むと「事実だろ」と言われ、晴ちゃんは読めない顔で笑った。
「あはは。まぁどうでもいいけど、こんな時間に嫁入り前の女口説くのは感心しないな~。しかもりりは俺にとって大事な妹だからね。悪いけど、このまま俺が連れて帰るよ」
笑っているけど、いつもより低い声で、明らかに怒っていた。
晴ちゃんが私と手を繋いで「じゃあね~」とその場を連れ出して何処かへ歩いて行く。
「黒川、俺本気だから、ちゃんと考えて欲しい。自分達の為に、どうすれば1番いいのかを」
後ろを少し振り返ると、水戸さんの立ち尽くす姿が瞳に入ったけど、すぐ前を向いた。
こんな私に真剣に考えて言ってくれた事……忘れない、ごめんなさい。