河原さんを見送った後、自分が乗る電車を待っていたけど、悪阻で到着した電車を見送ってしまった。
やっと落ち着いた今は、ホームのベンチに座って、ぼぉっとしていた。
目の前には、酔っぱらってフラフラ歩く人。
別れを惜しむカップル。
出張なのか大きなキャリーケースをガラガラ転がす人。
残業だったのだろうか、疲れ切った表情で家路を急ぐ人。
そんな風景を眺めながら、お腹をさすって包むように手を添える。
このぺたんこのお腹に、小さな命が居るのか。
大好きな人との赤ちゃん……。
自分の身体の中に、もう1つ生命として存在しているっていうのが不思議でならない。
言葉も語れず、悪阻で自分の存在を訴えてくれてたのに、私は自分の事ばかりで全然気づけなかった。
素直に嬉しい反面、恐怖や不安もあって、正直戸惑ってる。
でも、産みたいって気持ちだけは明確で、何とか誰にも気づかれず出産をする方法はないかと模索してみても、全く思いつかなかった。
颯ちゃんとの関係を後悔してないとは言わない。
ずっとブスと言われて、目立たないよう、顔を見られないようにと、人と距離をとってきた。
そんな私が水戸さんに連れられて行ったパーティで初めて女として着飾って、颯ちゃんと出会って、運良く付き合えた。
リリーとしてじゃなくても、僅かな時間でも大好きな人と愛し合えた事は本当に幸せだった。
きっと何度同じ状況に陥っても、後悔すると解ってても、私は颯ちゃんに全てを捧げるだろう。
そして、それで得た赤ちゃんは何からも守りたい。
不意に肩を叩かれ、飛び跳ねそうな勢いでその主を仰ぎ見た。
「やっぱり黒川か」
「水戸さん。どう……したんですか?」
「どうって……、接待終わってこれから帰るところだけど……。黒川こそこんな時間まで何してたんだ?定時で帰ったと思ってたのに」
水戸さんから漂うアルコールと煙草とキツイ香水の香りに、また胃からせりあがって来るものを感じて、たまらず口に手をあててグッと堪える。
「あ~悪い。今日の接待だったドクターがキャバクラ好きで……」
スーツをクンクン嗅ぎながら、気を使ってか私から少し距離をとった。