「ロッカーの鍵、ちゃんとしめなさいよ」

「あ、はい」


もう1度振り返り、注意された。

エレベーターを降りると、外回りから帰ってきたらしい水戸さんと鉢合わせした。


「黒川、今帰り?」

「水戸さん、熱い中お疲れ様です」


胸元のシャツをパタパタさせ、肌には汗を滲ませていた。


「昨日は送っていただいたようで……。また、ご迷惑をおかけしてすみませんでした」


パーティの件を思い出して、1度ならず2度も同じような迷惑をかけたのかと思うと、何とも心苦しい。

自分が非常に情けないわ。

頭を下げると、「あ~、うん……」と何とも歯切れの悪い返事が返って来た。


「黒川、記憶……ある?」

「……すみません。途中で寝てしまって……。今朝ベッドで起きるまで熟睡してたみたいで……」

本当に申し訳なく項垂れてしまう。

でも、タクシーで送って貰って、無意識にでも、きちんとベッドで眠ってた自分は凄いと、今更ながら感心する。

「そうか……。無事で帰れたならいいんだ」

「え?」

「じゃあ、俺まだ仕事あるから」


頭をポンっと撫でられ、次にきたエレベーターへ乗り込んで行ってしまった。

どこか釈然としない言葉を残して。


「水戸さん、黒川さんしか見えてなかったわね」


あ、河原さんと一緒だったんだ。

謝ろうとすると、河原さんは「行きましょう」と言葉で遮って、先を行ってしまった。

あれだけ水戸さんに固執していた河原さんが、水戸さんを追いかけないなんて……。

でも、一瞬見えた表情は、鎮痛に沈んでいたような気がして、こういう時って、どう声を掛けたらいいのか解らない。

明るくあざとく、ぶりっ子な人だと思ってたけど、私は河原さんの表面しか見てなかったのかもしれない。

私に水戸さんを独り占めしてしまった呵責があっても、河原さんに謝罪するのも、慰めるのも、励ますのも、なんか違うし。

私がちゃんとついてきているか、振り返った顔には、さっきまでの悲壮感は消え失せて、凛として前を進む河原さん背中があった。

強い人だな。

河原さんの矜持は、誰にも犯せない。



連れてこられた1軒のお店で、私は唖然と棒立ちになった。

裏路地に入って、少ししたところにある、木製の塀のレトロな雰囲気のお店。

何度か颯ちゃんに連れられて来た事がある、とても馴染みのあるお店だった。

率直に、まずい、と思った。