就職難で困っていた時、近所の池田小父さんが自分の勤務する加波製薬を、所謂コネで紹介してくれて、本当に感謝しかない。
早苗さんに、早速行って来ます、と返事をしようとした時、
「あ、早苗さ~ん。ちょうどぉ私、営業に用事があるので、良かったらまとめて行ってきますよ~」
2つ年上の河原彩名さんが、自慢のベビーフェイスに可愛い微笑みを浮かべて横から入ってきた。
早苗さんは誰かが行ってくれればいいといった感じで「じゃお願い」と、申請書を私から河原さんにスライドさせ、席に戻って行った。
「は~い」
河原さんはそれを見送ると、くるりと私に向かい直して。
「黒川さん、この前も言ったけど、営業課への雑用だけは私が行くから」
さっきまでの笑顔は何処へやら。
可愛い顔に張り付けられた笑みは、瞳が笑ってない。
周りにさとられないよう、小声を艶やかな唇にのせて念を押してきた。
私の前と、他の社員の前とでは態度が全く違うので非常に怖い。
「……ちゃんと覚えてますよ。私はこういうの苦手だから、代わって貰えて逆に助かってますし……」
角が立たないよう、私も口角をあげてやんわり言うと「そっ」と納得したように短く言い捨てると、踵を返してフロアを出て行った。
やれやれと嘆息し、着席すると、PCへの入力作業を再開させる。
河原さんは、一見、私の性格上の問題をカバーしてくれてるように見えるけど、事実は違う。
営業課には、懸想人がいるのだ。
我が社切ってのイケメンエース、営業課の水戸恭介。
遠目でしか見た事ないけど、艶やかな黒髪とちょっとつり目が特徴のなかなかのイケメンだった気がする。
曖昧なのは、営業課に行く機会があまりなく(河原さんが行ってくれるから)、たまたま通りすがりに女子社員が「水戸さ~ん」と騒いでるのを見かけただけだから……。
河原さんはそのエースを狙っていて、何かにつけては足しげく営業課に行って、縁を得ようと画策しているようだ。