確信はなかったけど、私の推測が正しければ、この人は―――。


「私、宮川香織と言います」


現実は、いつまでも私をお伽噺の中にとどめてくれなかった。

その名前を聞いた瞬間、金縛りにあったかのようにその場で凍り付いた。

宮川香織。

嫌でも知ってる名前。

この人が、颯ちゃんの婚約者———。


「貴女……黒川梨々子さんよね?」

「!?」


私の事を知ってる……。

この姿を『りこ』ではなく『黒川梨々子』として認識してるんだ。

どうして……。

しかも部屋を香織さんが知ってるなんて……。

マンションは、誰にも教えてないって言うから、気が抜けてた。

私は、やっぱり遊ばれてた……?

蛇に睨まれた蛙のように、静かに、ゆっくり息を飲んだ。


「どうして貴女の事や。此処が解ったのか、て顔ね。私は颯吾の婚約者よ。結婚前にその身辺を調査させてたのよ。妻になるんだもの、夫のおかれている環境を把握しておくのは当然でしょ?」


妻……夫……。

その言葉に、胸が軋み心臓が大きく嫌な音をたてた。

香織さんの威圧感に、足は床に縫いとどめられ、ドアノブを握る手は指先1つ動かせない。

今更ながら、私がどんな存在なのかを思い知らされた気がする。


「あれだけ素敵な人ですもの。蠅の1匹や2匹出てくるとは思ってたけど……。まさか近所の子供が変装して人の家に上がり込むなんて……ね?」


香織さんの『変装』の単語に、ドアノブを握る手に力がこもった。

香織さんは、本当に私の事を調べ上げてきている。

何も言い返せない。

だって、自分を偽って、颯ちゃんを騙してるのは事実だから、否定のしようがない。

颯ちゃんと香織さんの間に、横恋慕したのは私だ。


「子供からしたら、颯吾は王子様だものね。同じ女として、王子様に憧れる貴女の気持ちはよく解ってるつもりよ?だけど、やっぱり颯吾も生身の男なのね。まさか、こんな子供の誘惑に乗ってしまうなんて……。結婚前に少し遊びたかったのかしら?こんなお子様とオママゴトなんて……」


オママゴト……。

私達の関係は、傍から見るとそう映っているの?

瞳を瞠ると、香織さんは顎をあげて尊大な態度で腕を組んだ。