早苗さんは、ちらっと私を一瞥すると何もなかったかのように自分のデスクに戻って行った。

それを見届けると、河原さんは作り笑顔のまま私の方へ近づくといつものセリフを囁いた。


「営業への用事は」

「はい、早苗さんから受け取ったら河原さんにお願いしようと思ってました」


食い気味に言葉を重ね、口元に笑みを浮かべると、河原さんは瞳を瞬かせる。


「そ、そう。解ってるならいいわ。……ところで」

「はい……?」

「貴女、雰囲気変わったわね。前みたいにおどおどしなくなった」


そう……かもしれない。

少し前の私なら、人に何かを言われるたびに、傷つかないよう構えたり差し障れりがないものばかりを選んでた。

今は、颯ちゃんといるようになってから落ち着いたというか……。

そりゃあ、不安は不安だけど、少なからず何も出来ず指をくわえて妬むだけのリリーではなくったのは大きい。


「まぁ、いんじゃない?その方が暗さが軽減されるし」


地味は地味だけどね、と言い残しフロアを出て行ってしまった。

相変わらずキツイ事を言うな。

でも、前ほど嫌な口調ではなく、柔らかに言い草。

自分が変われば、相手も変わるのかもしれない。

窓の外に視線を向ける。

高いビルが並ぶ向こう側は青い空が広がっていた。



その日も、お母さんが夜勤だったので、いつものように仕事を定時に終えると、スーパーに寄って、真っすぐ颯ちゃんのマンションに向かった。

部屋での寛ぎ方にもすっかりなれて、部屋着に着替えると、軽く掃除をする。

洗濯物を洗濯機に入れて、回してる間に夕食の準備に取り掛かった。

今日、颯ちゃんは接待で帰りが遅くなるので、作るのは1人分。

だけど、時々ご飯をきちんととれず小腹を空かせて帰宅する時もあるので、少し多めに作っておこう。

お風呂も先にいただき、上がってくると颯ちゃんから「これから帰る」とメッセージが届いていた。

受信時間と帰宅時間を逆算しながら、リリーと解らないよう、軽くメイクする。

いつも寝る直前にメイクオフして、朝は早起きして、りこ顔をつくっておくのだ。