少数なりに、野次馬がいるのに。
颯ちゃんからはなれなきゃいけないのに、もっと欲しいと思ってしまう私は重症なのかもしれない。
「周りは気にしないで。俺だけ見てて」
ゆっくり頷き、支えられながら立ち上がる。
「歩ける?」
また頷くと、路肩に停車してある颯ちゃんの車に促される。
助手席に座らせると、ドアを開けたまま、颯ちゃんはいくつか質問をしてきた。
「彼は、会社の人?」
「……ううん。パソコンの修復にきてくれた……メーカーの人」
「名刺はある?」
挨拶した時に貰った名刺を鞄から出すと、社名と名前を確認する。
「……警察を呼ぶから、此処で待ってて」
警察―――。
「ダメっ!」
私の拒絶に、瞳を眇める。
事を荒立てたくない。
怖かったけど、私は無事だったからいい……。
問題は、事情聴取とかで、颯ちゃんと私の関係が公になる事。
颯ちゃんだって、あのメーカーさんを殴っちゃってるから、色々詰問されるかもしれない。
私だって、りこではなく、黒川梨々子だと知られてしまう。
それだけは、絶対に避けたい。
颯ちゃんは不服そうに数瞬逡巡すると、深い溜め息を吐く。
「夜に暴漢にあったとなれば、周囲にどんな色眼鏡をかけられるか解らないもんな。幸い、人通りが少なかったのが、救いかどうかは解らないけど」
渋々了解し「少し待ってて」と、未だ男性がおさえつけられている現場へ踵を返した。
遠目に、何やら助けに入った男性たちと話してる様子が窺える。
そして、メーカーの人を立ち上がらせると、颯ちゃんが胸倉を掴んで何かを言っているようで、また何かしちゃうんじゃないかと、窓越しにハラハラと手に汗を握った。
周囲の男性たちにも何か言われているようで、メーカー男性は力なく項垂れていた。
少しして颯ちゃんが車に戻って来て、長居は無用とばかりに、車を発進させる。
「この名刺は貰ってもいい?」
「いいけど……どうするの?」
「念には念を、ね」
そう言い切る横顔に黒い笑みが見えたのは、夜の闇の所為かしら……。
その後何も言えず、口を一に結んで、夜道車を走らせた。