「ああ……間近で見ると、ほんと可愛いな。こんな()が俺に笑いかけてくれるなんて幸せだよ。これってきっと運命だと思うんだ。ねぇ、そう思わない?」


思わない!

舐めまわすような視線が顔を這う。

じっくり観察するかのように迫る顔に、恐怖でギュッと瞳を閉じるとポロポロ涙が零れた。

生温かい息を間近に感じた時、やっと声が出た。


「ヤダヤダヤダヤダ―――っ!颯ちゃ……っ!」

「うわあああああぁぁぁぁぁ!」


私が叫ぶと同時に、空気を裂くような劈く音と断末魔のような叫び声がした。

私の視界を占めていた狂気が一瞬で消え去り、代わりに肩で息をした颯ちゃんの姿を捉えた。

その足元には、頬をおさえて呻き悶える男性が居た。


「何してがってんだ―――っっ!!!」


忌々し気に見下ろし、細められた瞳は鋭く射抜き、怒号を響かせる。

すかさず通りすがりの男性2人が駆け寄り、まだ胸ぐらを掴んで拳を振りかざす颯ちゃんと、地を這う男性を取り押さえた。

私のガタガタ震える身体が壁伝えに崩れ落ちる。

それを見た颯ちゃんは、周囲の腕を振り切って私を抱き込む。


「大丈夫か!?」


颯ちゃんの匂いと温もりに包まれ、ぎゅうっとしがみつくと、窘めるように強く抱きしめてくれた。


「遅くなってごめん……」


耳元囁かれる声音は、さっきの怒鳴り声とは打って変わって、ひどく安堵する。

この腕の中は昔も今は、私の安息地だ。

此処は安心、怖くない。

浅く呼吸を繰り返し、颯ちゃんの腕の隙間からメーカーの男性の様子を窺うと、頬を赤くし、鼻血を手の甲で拭いながら、此方へ何かを乞うよう視線と瞳がかち合った。

ビクッと肩を震わすと、颯ちゃんの指が私の顎をすくい上げる。

顔が近づいて、そっと唇を重ねる。

周りに人がいるのに―――っ。

慌てて唇をはなそうとすると、余計引き寄せる力がこめられて、舌まで侵入したきた。

まるで見せつけるかのように、何度も角度を変えて重なる唇に、私の意識はもう颯ちゃん一色に染まる。

瞼を閉じて、甘いキスに陶酔する。

震えがとまると唇をはなし、優しく微笑みかけられた。