何人かと瞳が合い、羞恥で人通りに背を向ける。
自分の顔に魅入ってるなんて、絶対可笑しな人に思われたかも。
パクトを閉じようとした時、鏡越しに背後にぼうっと人影がうつった。
声にならない悲鳴を飲み込んで振り返ると、さっきパソコンエラーで呼んだメーカーさんが立っていた。
夏の夜に、そんな登場の仕方は反則だ。
「わっ、忘れ物、ですか?」
平静を装って問いかけた声は裏返ってしまった。
変に脈うつ心臓の前でパクトを握りしめる。
メーカーさんが帰ってからも結構時間が経っているし、帰りに確認した机上には私物以外何もなかったと思うけど……。
「く、くくくろっ、黒川さんっ!」
「は、はいっ……?」
ジリジリ間合いを詰められる。
興奮気味に顔を紅潮させ、白目は血走り、何だか息も荒立ってるように感じる。
さっきまでの蒸し暑さを忘れ、背筋に冷たい物が流れる。
常軌が逸して見えるのは気の所為……であってほしい。
会社の繋がりを考えると邪険には出来ないし。
何んとか顔に笑みだけは張りつけ「どうかしましたか?」と何度か尋ねてみるけど返答はない。
自分のじゃないみたいに、震えてどんどん小さくなる声も、男性の耳には届いてないらしい。
そこには、さっきまでフロアで穏やかにパソコンの説明や修復をしてくれていた姿とは一遍した、明らかにおかしな空気を纏い、距離を縮つめられる。
野に放たれた肉食獣さながらの狂気に満ちていた。
押し迫まり有無をも言わさぬ空気に気圧され、後ずさって辿り着いた先はビルの壁だった。
頭の中で激しく警笛が鳴る。
ダメだっ、逃げなきゃっ。
走り出そうとした時、もう時すでに遅し、
ダンッ!
壁に両肩を押さえつけられ、血管が切れるんじゃないかってくらい身体中が脈打つ。
身じろいでも、男の人の力に敵うわけなくも微動だにしない。
声を上げるにも、口は魚のようにパクつくばかりで音をなさなかった、
強張る背筋。
誰かっ!
道路へ助け求めても、丁度柱の陰になっていて見えない。
「どうしたの?さっきは俺の話いっぱい聞いてくれたのに」
眼前には、夜に紛れて不気味に薄く笑みを浮かべる顔があった。