「あ、大丈夫です。颯ちゃんが……」


しまった……。

思わず本音を言いかけて言葉に詰まる。


「ああ……。迎えに来てくれるなら心配無用だな。……じゃあ、俺もう行くわ。あんま遅くなるなよ」

「は、はい……。ありがとう、ございます」


最後まで言葉を紡がなくても通じてしまったらしい。

力なく笑った水戸さんを見送ると、溜息をついて自席に深く腰かけた。

私ってば……水戸さん相手に無神経だったかな……。

なんか、落ち込む。

私の事をどれだけ好いてくれてたかは計り知れない。

けど、いつも自信に満ち溢れた力強い釣り目が弱々しく感じたのは自惚れなのかな……。

仮令一時の幸せを掴むのも、誰かを傷つけなきゃ掴めないものなの?

もう1人、私が傷つけてるであろう人。

―――颯ちゃんの婚約者の香織さん。

心が痛い。

これは、罪悪感なのか。

それとも、颯が最終的に選ぶ恋人への嫉妬心?


「はぁ……」


ダメだ。

あまり深く考えるとマイナスの事しか頭に浮かばない。

こんなんじゃ、颯ちゃんの傍にいるのも難しくなる。

悪い子にならなきゃ、愛人なんて務まらない。

とりあえず、仕事しなきゃ。

颯ちゃんを待たせてしまう。



急ピッチで全てを終えると、22時を回っていた。

颯ちゃんの車が到着したらすぐ乗れるよう、逆算して外に出て来たけど。

陽が沈み、夜とはいえ外は蒸す。

自然と体温は向上し、肌には汗がじっとりまとわりつく。

会社のビルの玄関先で、手を団扇にパタパタさせながら、日中と違う景色に視線を伸ばす。

この時間に会社に居る事がないから、夜の景色は日中違ってとても新鮮。

立ち並ぶビルにはまだ明かりが点いている所もある。

この一帯は、様々な業種の会社の自社ビルやテナントビルがあって。

時間も其々異なり、普段私が家でまったりしている時間でも、この辺では働いてる人がいるんだよな、なんて、今更実感。

普段とちょっと違う景観に、妙な緊張を覚えながら、鞄からパクトを取り出して、メイクのチェックをする。

睫毛よし、アイメイクよし。

未だ見慣れない自分の顔と睨めっこをしていると、自分を凝視しすぎた所為か、周りの足取りが妙に速度を落として、此方に視線を投げられてる気がして顔をあげた。