偶然と必然。
簡単にいってしまえば、事前には予期しなかったことが起こる事と、なるべくしてなってしまった事。
人によって、偶然が幾重にも重なり未来を左右しているという人も居れば、そもそも偶然なんてものはなくて、全ては始めから決められていて必然である、と言う人もいる。
じゃあ、もしもあの時、水戸さんにパーティに誘われなければ。
自分には無理だと、断固断っていれば。
家の前を、晴ちゃんが通りかからなければ。
和歌ちゃんにメイクを頼まなければ。
会場で颯ちゃんと会った時、リリーだと言っていれば。
颯ちゃんに身体を許さなければ。
1度きりの関係に留めておけば……。
どこかで何か1つでも欠けていたら、颯ちゃんとこんな関係にはならなかったかもしれない。
これは、決して叶うはずのない恋だった。
小さな頃から王子様と祀り、慕った大好きな人と愛し合える。
抱き合って、キスして、えっちして、リリーとは違う男女の情熱を交わす。
雑誌の特集や和歌ちゃんから見聞きして、妄想するより、ずっとリアルな恋愛。
人生で初めての恋愛を大好きな人と味わえるなんて、私はきっと一生分の恋愛運を使ったのかもしれない。
「黒川さん、帰らないの?」
定時を過ぎてもまだパソコンに向かう私に、珍しく河原さんが話しかけてきた。
「今日1日、パソコンの調子か悪くて全然進まなくて……」
そうなのだ。
期日的に今日中に仕上げなきゃいけないデータを打ち込みたいのに、パソコンの調子が悪くて何度も『落ちる』んだよね。
適当にいじったり電源落としたりして、騙し騙しここまで持たせたけどそろそろ限界かな?
「それ今日中のヤツでしょ?間に合うの?メーカーに電話して見て貰えば?あそこのファイルにメーカー担当者の名刺どっかにあるでしょ」
課長の席の後ろのファイル棚を指して言った。
「そうなんですけど……」
今から修理を頼んでも、来てくれるかな?
壁にかけられた時計を見て、微妙な時間に悩まずにいられない。
それにしても、珍しい。
河原さんが親身に私の作業の進み具合を心配してくれるなんて。
河原さんをちょっと見直していると、
「それ黒川さんが終わらせてくれてないと、明日朝一で私が喫緊にやらされるんだから勘弁してよね」