「電気」「井戸」「静かな運命」(王道ファンタジー)

 エレクトロボルツ

「つまり……僕にまたあの剣を握れってことなのかい。あの追っ手みたいにバチバチしてゴウライダケを食べたみたいに体に稲妻が走るだけだよ。それよりも、僕はあなたを連れてここに来た。てことはあなたが握る運命なんだ」
セラは静かに首を横に振りました。「いいえ。あなたがそうなのよ。ここはあなたを誘い込んだ道なのよ。私がキッカケなだけよ。運命はきっとあなたの中にある。信じましょう」ケルは瞳を揺らし、不安に心を任せていました。「きっとよ。運命を受け入れなさい。そうすれば大丈夫なはず」セラは思っていないことを自信満々に告げました。口が勝手に動いたというよりも、心が勝手に動いたのです。あの剣を目にした時と同じように。
 ケルはしばらく黙っていました。顔を俯け、たまにセラを覗いては訝しげな表情を泡沫の如く何度か浮かべました。
「あの剣を持ち出してくれたらお礼は倍にするわよ」
 セラは言いました。するとケルは頭の中で一際大きな泡が弾けたようで一も二もなく剣塚の元へと駆け寄って行きました。自身が剣が言う通りの存在であると確信したわけではありませんが頭にこびり付いた欲は不安を覆い隠すには十分でした。さっきまでの慎重さはどこへやら、大胆にも柄に手を伸ばし、次の瞬間にはガッシリと掴んでおりました。
「ハハ! 握れたぞ! これで報酬は倍だ!」
 セラは大きなため息を吐きました。ケルはやいのやいのと騒いでおりました。それも当然で、二千ゴールドの大金が四千に増えたわけですから。ワハハと騒ぐケルの元に再び、嗄れた剣の声が聞こえました。
 ––––よきかな。
「「え?」」それは二人の耳、心に届きました。不思議な声は一々、まるで太鼓を打った様に胸に響きました。ドン、ドン。心臓が鳴動するかの様でした。
 ––––我は悠久の時を長く眠っておった。
「やっぱり剣の声。運命はあなたのものだった」
 セラの言い草に、ケルはまさかと言う顔をしました。そして剣を塚からゆっくりと引き抜きその刀身を良く見ました。すると、彼は途端に、剣の言うことが信じられなくなりました。
 その刀身は明らかに滑らかでした。光に輝く刃の何処にも錆も刃こぼれもなく新品でした。しかも、街でよく見た武具よりもその輝きは大きく、自分の顔が刀身に写って見えました。ケルは一振り二振りと剣を振り、風を切りました。明確な風切りは一本の鞭を振るった様に豪快な音を立てました。ケルはさらに振ってみました。剣は軽々と振るうことができました。まるで細い木の棒を振り回しているように。
 ケルはこれが神品だと分かりました。歴史、特に大戦が好きな男の子、ケルは名前が気になりました。物語の勇者や王が振るう剣には名前があるからです。
「名前はなんて言うんだ?」
 ––––我が名は「剣(けん)」。我が名は「剣(つるぎ)」。
 意外な回答でした。武具の名前は剣に間違いはありません。ですが、ケルが知りたのは剣そのものの名前でした。「……そう……か。え、で? 名前は?」聞けば、
 ––––剣(けん)だ。
またもこう答えます。仕方がないからもう一度。「うん。で?」
 ––––剣(つるぎ)だ。
これは困った。彼はある疑問をぶつけました。「名前がないのか?」
 ––––ある。剣だ。
 どうやら名前はない様でした。ケルはため息を吐き、それから言いました。まるで幼子をあやすように。
「分かったよ。今まで名前が無かったんだろう。寂しい人生だな。おっと、悪いね。人じゃないな。剣ちゃん」
 剣は無言でした。一方、ケルは考えました。この無骨な剣の名前です。柄に派手な飾りはありません。埋まっていても不思議ではない宝玉が一つもなく、ただ丸まった後端と柄、それから異様なまでに洗練された刀身です。ツルツルスライサー。変な考えはすぐに捨てました。次に、この剣との出会いを考えてみました。帝都郊外の枯れた井戸に飛び込んで、逃げた先には剣がありました。そして、奴隷商人が追いつき、ケル達を殺そうとした。そして––––。
「そうだな。エレクトロボルツ。これでどうだ?」
 彼は考えを口に出しました。痺れる奴。帝都で目にしたもの、電気。あれを使っていた帝都の商人は最後には痺れて倒れました。まるでゴウライダケを食べたみたいに。その倒れた商人がケルに言っていたのです。「エレクトロ」。それからケルはその商人と知り合いで名前を知っていました。「ボルツ」。単純に組み合わせただけでした。
「もっといい案はないの? ちょっと……ダサい」
「ビリビリ痺れるんだ。他にいい名前ある?」
 いい名前だと思った矢先、セラが野次を飛ばしました。ムッとなって言い返してやると、いい名前が思いつかない様で彼女は黙り込みました。それを見てから「無いな」と確認し「じゃあ決まりだ。エレクトロボルツ。ボルちゃんな」
 ––––……。
 剣は無言を貫きました。すると稲妻剣(エレクトロボルツ)を片手にケルが言いました。
「よし。じゃあとっととここを出てヤランタの方まで行こう。そこまであんたを送るのが仕事だ。ちゃんと四千ゴールド払えよ」
 ––––待て。
「何だよ?」
 足元のズタ袋を拾い上げようとしたケルは動きを止めました。
 ––––邪悪な者がいるであろう?
「誰のことだ?」
 ––––足元におるだろう。
 剣が言う人物は地に伏し、体を小刻みに揺らし続けておりました。剣を不用意に触ったが故に電気を浴びた奴隷商人ゾラです。彼は剣を手放した今でさえ、ブルブルと痙攣しているのでした。それを、剣は邪悪なるものと呼んだのでした。
「ああ。こいつは俺達を追い掛けてきた追っ手の内の一人だよ。あんたが痺れさせたんだろう? ほら見ろ。動けやしないぞ。痺れちまって」
 ––––我が力は邪悪なるものと対になっている。我がしたことではなく、我が勝手にしたことだ。邪悪なる者は我に触れられん。
「言葉が分かりづらいな……」ケルは眉をひそめると「つまり、痺れさせたのは無意識で、今喋ってるあんたじゃ無いと? そう言うことだな」なんとか自分の頭で解釈をして「それで? こいつが邪悪で、何だって?」と剣に聞きました。
 ––––殺せ。
「はあ?」またも意外なことを言いました。ケルは訳がわからないと首を傾げ、剣に向かって手を挙げてみせました。一口に飲み込んでいい言葉ではないからです。
 ––––殺すのだ。邪悪なるものを抹殺せよ。
「何で?」剣は続けざまに言いました。ケルは益々分からなくなりました。どうしてそんなことを言うのだろう。剣をジッと見て、それから仰向けになっているゾラを見ました。小刻み揺れる足、腹、腕。頰ですらもピクピクと震えていました。そして、その上を見ると––––。
 ––––生かせば邪悪を働くであろう。悪に堕ちた人間は生かしておく価値などないのだ。
「無理だよ」次には即答していました。今度は剣が聞く番です。
 ––––何故だ?
「あんたはビリビリ痺れてる人間を突き殺せって言ってるんだろう? そんな寝覚めが悪いことできるかよ。正々堂々の一騎討ちでもないのに」
 ––––悪は正々堂々と戦わぬ。
「それでも〜……」彼は続けて言葉を口にしようと思いましたが全く続きが出ませんでした。それはそうです。彼も剣が言っていることに同意できたからでした。ゾラは奴隷商人であるどころか、奴隷たる自分をこき使っていた人物でした。それ故、彼の普段の行動も全部知っていました。帝国の役人達に賄賂を渡し、賭け事をしてイカサマをし……。他人の妻や娘をお金で買うこともしょっちゅうでした。今、彼を生かしても同じことをするでしょう。殺した方がいい。そう思い、剣を振り上げました。
「あー。カッコつけるのやめた」
 しかし、そう言って剣を力なく下げました。そして剣に言いました。
「目が合っちゃったんだよ。無理。俺には殺せない。それはこいつが悪だろうが善だろうがどっちだって同じだ。死にたくないって目されてるんだぞ。殺せるかよ」
 ––––……。
「それでも殺せって?」
 剣は口を閉ざしました。そして思いました。過去の人間は皆好感を持てる人物でした。それぞれが軍隊を持ち、不正は決して許さず、領民のためなら迷わず悪人を切って伏せました。それが悪を凌駕する手段だからです。悪い人間はいなくならない。ならば切って捨てるしかない。そういう思いだった故、剣は衝撃的でした。そして、ケルを愚か者だと思いました。感情に左右され、やりたくないならばやらない選択肢が取れる人間。愚かだと思いましたが、その行く末が深く気になりました。
 ––––運命はお前を選んだのだ。我の価値と合致はせずとも受け入れよう。
 ––––そいつはどうも。ケルは心の中で言いました。自分でも愚かだと感じているのです。だが、奴隷商人を、命乞いをする悪党を切ってなんになるのだろうか。彼は心に従ったまででした。ケルが「じゃあ……」と再び号令をかけようと思ったその時です。
「うぐ……」
 小さな、しかし野太い断末魔が響いてきました。すぐ近くから。奴隷商人の方からです。しかも、その声はゾラの声とそっくりでした。
「くたばりなさい。あなたが傷つけてきた人を思い出して死になさい」
 ゾラの上にセラがいました。彼女の手がゾラに伸びています。辿ってみると、セラはゾラが落としたナイフをゾラの胸に突き立てていました。すでにナイフの先からは鮮血がコポコポともれ、上着を赤く染めていました。一方、セラは服のおかげで一滴も血を浴びてはおらず、綺麗な令嬢のままでした。ゾラは一層体を震えさせ、ですがあっという間に震えを止めました。
 セラは立ち上がりケルを見ました。ケルは口をあんぐりと開けて何も言わずにいました。筋肉一つ動いてはいません。セラはため息を吐きました。そして、
「何よ? 悪い奴は殺すわ。私は剣に賛成」
 言うと、セラはさっさと壁に掛かっていた松明を取り外して奥まで進んでいきました。ですが途中でこちらを振り向くと「さあ! 行きましょう! ヤランタへ!」と大きく言い、ケルは肩を竦めて、小声で言いました。
「おっかね」 
 剣も一緒に。
 ––––概ね、同意する。

 ミエル・キャシャーンを揺るがす大きな運命は、こうして静かに廻り始めました。