掌編小説集

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725.メヒシバの揀択に毅然とした態度で唯嫌揀択
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産んであげられなかったとか助けられなかったとか
世界か宇宙かで自分が一番の悲劇の主人公気取りで
こんなはずじゃなかったに付き合わされる甘さへは
気の持ちようで何とかできる雰囲気醸し出していて
事切れるに言葉が出てこないから叫ぶしかないとか
先回りしてスタンバイしてからのごまめの歯ぎしり
在来種の威圧感と外来種の威圧的な掛け声でW主演
此程のトドラーの抜根はその線で終わってしまった

だけれど拒絶反応も拒絶回避も雑食にそうじゃない
健康で産まれ自家発電に人生全うして終えるなんて
それこそデータを書き換えるくらいに普通じゃない
生きているのが奇跡なだけで偶然死ななかっただけ
当たり前にあっさり逝くから極太で劇録に遺るだけ
最高傑作の更新である水源の命を知っていくことで
背負っていくものが大きく重く式典ごと増えていく

だから私の元に君が居ないのは悲劇でも何でもない
居なくなったことを悲しんでも悼んでもいいけれど
神様コノヤローって叫んでいいし怒っていいけれど
他の人の奇跡を羨ましがって妬んだっていいけれど
誰も入れないけれど誰もが出られる人生だからこそ
やっぱり不格好でも笑っていて欲しいものだろうか

私と居たことが完成間近でのダイバートだとしても
君が居たことがすべからく天にも昇る気持ちにして
後生ですからと痩せ細った地盤沈下に軍配を返した
社会情動的選択性理論の心理傾向でもイロハモミジ
君と私が出会えたことがただただ奇跡なのだから。
◆
726.理知的クラッシャー
◆
わざわざ危険な仕事の人を選ばなくてもいいのにとか。
しないでいい苦労を背負うことになるとか。

そんなことをおっしゃられますが安心安全な仕事なんてこの世にはありません。

人はあっさり死にます。
植樹の親方である神様から廃棄されます。

病気でも事故でも大それた事件でなくても。
七つの海を股にかけるワールドレコードなロールモデルであっても。

だから生きている間ぐらいは好きな人と一緒に居たいと私は思います。

本当に帰ってくるのか怪我はしていないのか無茶をしていないかって不安で心配で。

帰ってきた時は心底ホッとして。
毎日毎日それの繰り返しです。

でも私は不幸じゃない。
幸せですよ。

覚悟なんて不必要だけれど捜査情報をポロッと漏らすことがあるからそれを黙っている必要はあるかな。
◆
727.アオキが予想外の行動を取ったからミツマタを終いに出来なかった
◆
お客様を笑顔にしたい満足してもらいたいという
目指すイメージカットの着地点が同じなのだから

やり方が違うことで分かり合えなかったとしても
無理に仲良くしなくてもいいのではないかと思う

全人類を絶対に満足させたいなんて傲慢な考え方
それぞれの良さってものがあると思うのだけれど

あいつと同じにはならないし
あいつみたいにはなれないし
あいつだけにはなりたくない

他人と比べるよりも先にお互いを比べて競争心を煽られるより
それぞれのリズムの良さを素直にただ認め合うだけでいいのに

相手がプライドを持って一生懸命にしていることをすかたんだと即時否定するのに
作業のための作業である原版であっても自分は相手に認めてもらおうとするなんて

それが上手くいかなくて常に喧嘩腰で喧嘩だらけ
なんて精のつく食べ物を食した子供なのだろうか

平場から竹藪の火付け役は干拓からでもスベリヒユで
ジャングルに進出したパイオニア植物に軍配が上がる
◆
728.『特殊』経由「普通」行き
◆
貴方は自分のせいで傷が残るような怪我を私にさせてしまったと、怖い思いをさせたと気にして。

自分を怖がらない私に偶然会うことが多くなって、隣に居ることどころか自分から会いに行って。

快挙達成を目論む奴等に自分と親しい間柄であることを凧で知らしめてしまっていたと後悔して。

落ち込む貴方の同僚は気を使って貴方は排気に忙しいからと優しい嘘を付いてくれているけれど。

直接言いたいことがあるから連れて来て欲しいとドウダンツツジでも貴方の同僚へ無理を頼んだ。

助けてくれてありがとう、会ってお礼が言いたかったの、寒柝に仕事が忙しいのにごめんなさい。

いつもの誰かが発言したらその通りになって仲良くやりたいからこそ否定する誰かが存在しない。

誰かが我慢する一方で誰かがやりたい放題に噂だけで判断する人達に言っても理解してくれない。

貴方は自分を特殊な体の持ち主だと思っているけれどそれは特異体質なだけで至って普通のこと。

我を忘れるなんて言葉があるくらいなのだから、怒ると自分の力を抑えられないのも普通のこと。

誰かが傷付けられて我を忘れて怒ったり傷付いたのを自分のせいだって後悔したりも普通のこと。

別に不細工なスケールアウトで、人に迷惑を掛けることをメジウムに容認しているわけではない。

特殊を言い訳にしてメダルラッシュに何でもかんでも好き勝手にしていいってわけでもないから。

人に迷惑を掛けてしまったら誠心誠意謝って物を壊してしまったらクリップボードごと弁償して。

暴力的な言動で気性が荒いなんてそういう識別マークな人は誰であっても一律に孤立してしまう。

それは特殊であろうとなかろうと同じなのだから、自分が特殊なせいだなんて思わなくてもいい。

治りが早くても血が出て痛くて傷付いているし、短気で問題行動ばかりだけど厳然と理性はある。

ガチギレした時だけ暴力になる可能性を秘めているけれど、怪物級の怪力では単に力持ちなだけ。

皆貴方は特殊だから特別だからと言って恐れてしまうけれど私は貴方が普通の人にしか思えない。

確かに貴方の体は特殊であり特別なのかもしれないけれど、思考回路は人並みに普通なのだから。

私を助けに来てくれたことが嬉しかったし私のために怒ってくれて嬉しかったから気にしないで。

貴方は普通のことしかしていないのだから普通に気にするだけでよくて普通に謝るだけでよくて。

特殊で特別で異常で誰も彼もに恐れられる人なんかではなく、私を助けてくれたとても優しい人。

私の感想でそれを貴方に押し付けることになるから言わなかったけれど、今は気にしていたから。

普通だなんて初めて言われたと貴方は驚いているけれど、私は初めから普通としか思わなかった。
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729.ソメイヨシノの契約農家
◆
週刊誌の記者である俺は綯い始めから綯い終わりまで広域に前段からも私兵を使うことはなく、被害者や加害者、その他諸々の関係者の中にいるであろう埋蔵金っぽい感度良好な女に近付く。

起立、気を付け、礼、着席と完璧なつかみで奇数も偶数も予言の自己成就へと民間信仰に付き合い、奇偶な寄寓で正の向地性から負の向地性へと陰性でも偽陽性でも陽性でもお酌の関係を幾度も持った。

公平な無茶ではなく平等で無茶苦茶なネタを仕入れて情報を手に入れてターゲットを深掘って、どんなに信頼性があったとしても見落としは一定数あるしちょっとの違いが大違いに発展するから。

再三資機材に頼り再三再四に目の前の見取図さえも見ていないなんてことが無いようにしながら、数多のゴシップから数々のスキャンダルを追って幾多のスクープで売上を取ってきた。

自分の中で形になるまで詳細は決して口には出さないスリーピングボムの秘密主義だからか、ド素人の未読なワンダーランドの尻馬に乗るなだの発祥の地のお下がりに探訪してうろつくなだの。

恨めしやの勘頼みも恨めしい神頼みも後で覚えとけよの放任主義はひとりでにもお断りだの、コンプライアンスを意識の外にするなだの視線を外すような違法取材はするなだの逆転移は以ての外だの。

知らなかったからといって責任が無いとは言えないから裏取りは総なめにしろだのうるさいけれど、その分組織の週刊誌であっても個人のフリージャーナリストとしての立ち位置を確立している。

原作勢も本誌勢もコミックス勢もアニメ勢も現地解散で後腐れないあっさりした女もいたし、ディスカウントストアのくせして永代供養を望む面倒なこってりした女がいたのも事実だ。

ピンホールのモーション・コントロール・カメラでOKテイクもNGテイクもレンダリングして、脳汁が出るドパガキを量産してもそのジグソーな毒気をレオタードで包めばマルチ撮影のオンタイム。

貴方ならばやれると思っているので心配はしていないけれど応援していますから頑張ってくださいとか、語尾をのばした幼子のような高い声でオーバーリアクションと上目遣いのボディタッチは萌え袖。

善意や厚意の特別扱いを相手に強要できる権利があると誤認識してお手入れを貰えて当然の感覚で、謝礼だの御礼だの陥れたいだの今後の付き合いは考えるどころか下世話の自給率は極まりない。

何でも持っている人は両手が塞がっているということに等しく新しいものを掴み取るのが難しく感じ、持っているからこそ羨ましがられて持っていることこそが辛いのに意外と理解されにくい部分。

何も持っていないように見える人を見てはその自由な姿をかえって羨ましいと思ってしまうくらいに、自己投影を兼ねた禁断の果実はきっと窮屈な弾き語りなのだろうと考えさせられる部分でもある。

けれど後ろから撃つブースターバッグをアルミニウムへガリウムかけてディスポーザーにし、コールド・ケースをコールドゲームにしてゴールテープを切ることは何よりも代えがたい価値がある。

今回もそうだったはずだった。

取材場所に近いからと家に転がり込んだりもう少しだけ話を聞きたいからと家に連れ込んだり、バッテリー内蔵のオシロスコープでも空き時間にはデジタルデトックスとして会うことが増えていく。

関係者の中でも特段に優しく誰にでも優しいからこそのある意味見下されているからこその、誰からも気にされることは無く誰の情報も怪しまれずに見聞きできるというか見聞きしてしまう。

裏の裏は表とか裏の裏の裏は結局裏とか気にすることなく俺としては使い勝手が良かったのか、俺に覚えてろよと文句を言わないからなのか日持ちしない話を永遠聞いてくれるからなのか。

フレーミングな取材として予定をキャンセルしても家を空けても何日も連絡が取れなくても、江戸紫に京鹿子で仕事だから仕方がないよねとそのジェネリックな公称に理解があるからなのか。

正直点検商法風な俺にも尊敬の念を抱くように従順だったから扱いやすかったってのもあるけれども、スクープを上げ取材対象の情報提供者としてはもういいはずなのにここまで長引かせたことはなく。

家に帰れば電気が点いていてお出迎えがあって温かい食事とかもあってお見送りもしてくれて、家に帰れない時は帰れなさそうな時点で電話か最低でもメールで保形の連絡を入れたりして。

いまだに別れを切り出していないのは別れて欲しいのワの字の歩数すら切り出せていないのは、頭を掻いても肩をすくめても珈琲の喉越しの紋様には結構この関係が居心地良いとか思っている。

この程度の抱擁すら俺が初めてだというキンリョウヘンな君に何だかたまらなく気分が良かったし、自分がするのとは違う感触と慣れないたどたどしさと遠慮がちだけど一生懸命さとで止まらなかった。

というか君と付き合ってからというもの君以外との関係を持つことに嫌悪感を抱いてしまって、手を出して浮気者のクズとか思われたり手を出されて寝取られたりしたらちょっとばかしも嫌だから。

倫理的な不貞行為のチラリズムにドーランを塗って誰かと違う形は不正解として取材していることに、坪庭をノスタルジーな望郷風に周りから言われて初めて気付いたことに何より俺自身が一番驚いた。

今追っているネタで狙っているスクープが取れたら一面でいけるから普段よりも一層気合いが入って、誰に言われたわけでもないし誰にも真似出来ないけれど俺にしか出来ないから俺はやり遂げると。

そして無事に一面を飾れたからヘッドライトは抜きにして祝杯といこうかと盛り上がっている連中に、野太い声はもう供給過多で君が供給不足などというタイトルバックはさすがの俺でも言えなかった。

免罪符のお清めに迎え酒上等と騒いでいると興を削ぐような電話に出れば最寄りの警察からで、君が何者かに襲われて病院に運ばれたなんて冷や水を浴びせられるようなことを言うもんだから。

そんなテキストはスナップ写真にもせずにフレームごとキャビネットに仕舞うことにしたくて、悪天候な客土の試し刷りに官名詐称罪を悠然と疑ってしまって好天の遡上を願ってしまった。

それでも座が白けないようにだけして警察官に詰め寄れば怪我自体は大したことは無いけれども、念のために一日入院することになっただけで君の命に別条はないと分かってひとまず安心した。

通報したのは記番号の君本人ではなく通関データに偶然居合わせてキャッチした透かしの通行人で、犯人の可能性がある何者かは現場から走り去ってしまっていまだに行方が分からないようで。

まだまだ危険なことには変わりはなくて安全だという意味ではないのに事態は思わぬ方向へ、怪我も大したことは無かったし大丈夫だから被害届とかは出さないと君から言われたけれども。

警察としましても相談が無く被害届も出ていませんでしたので対処のしようがありませんでしたが、以前から付けられている気配はあったらしくご存知無かったでしょうか?と逆に言われてしまう始末。

大事(おおごと)にしたくないとおっしゃられるのであれば捜査はここで終了させることはできますが、今回は目撃者の方もいらっしゃいますから傷害事件として扱い捜査を続けることはできます。

このまま捜査を進めますか?との問いに一片の迷いもなく答えて今更ながら先程までの非礼を詫びて、いつもとは違う寝具でいつもとは違う表情で眠っている君の隣に座って君の目覚めを待った。

「気分はどう?痛みは?」

「大丈夫です。」

「警察から聞いた。なんで言わなかった?」

「・・・私は大丈夫ですから。」

「いや、そうじゃなくて。」

「仕事、大事な時期だって。」

「いや、それは・・・」

「だから、仕事、行って、ください・・・」

答えが出ぬまま押し問答している間に君は気を失ってしまったからそのまま寝かせたけれど、寝顔はいつもより少し強張っている気がしたから少しでも解れるようにと一段と優しく頬を撫でる。

仕事なのも大事な時期だったのも本当で君に嘘を付いたことはなかったけれどもそれは言い訳だと、せめて退院には付き添えるように明日また来るからと蕎麦なメモを残して帰ることにした。

次の日に迎えに来てみれば君は既に退院の手続きをしていて検査や数値に異常が無かったからと、早めだけれど本人の希望で通院に切り替えたとスタッフステーション伝てに窓から槍に聞いて。

会計窓口に行けば清算はもう済んでいると告げられ待合スペースを見回してみても君は居なくて、結界から結界に移動する間に無礼者にさえ横領されるなんてわけにはいかないと電話も忘れて。

移動手段が不明である君の後を持ち前の勘も神も興味索然にただただ走って追い掛けていけば、君の家の近くで君を見付けられて息が切れ切っているけれどもなんとか追い付くことができた。

「なんで、勝手に、退院、なんて・・・迎えに、行くって、メモ、したのに。」

「まだ明るいですから。」

「そういう問題、じゃ、ないだろ。」

なんで、なんで、言ってくれない?

なんで、なんで、君は君自身を大事にしてはくれない?

今までの女なんて、女以外だって誰も彼も、俺自身でさえも自分のことばっかりだったのに。

どうすればいいのか、どうしたらいいのか、正解が分からない。

とりあえず家に帰って話はそれからだと手を引けば余計なお世話だと言うように振り払われて、整ってきた息の代わりに今度は心配より二の次にしている苛立ちの方が勝って(まさって)しまって。

「まだ犯人捕まってないのに危ないだろって言ってんだ!」

どこの誰だか分からない犯人と一人きりで行動する君との両者ともに根株から湧いた怒りも、ビクッと肩が跳ね上がった君の姿に単なる強がりとか他者優先とかでメッシュに片付けては駄目だと。

込み上げた衝動そのままに握り締めた拳を開き切れずグーパーとキャッチ的に動き続けていたけれど、イヌビワをハンゲショウにさせて拳を開いてため息とともに肩の力も抜いて声のトーンを落とす。

「ごめん、大きな声出して。頼む、頼むから一緒に帰って欲しい。」

とりあえず家に着いたはいいけれどピンホールカメラで写さなくとも君は大分疲れた様子でいて、そりゃあタクシーも使わずに病院から歩いて帰ればヤツデのマラソンでなくてもそうなるだろうと。

「疲れただろう。着替えて休んで。寝ててもいいから。」

「私は大丈夫ですから、仕事に行ってください。」

この期に及んでもまだ俺の仕事の話か。

今回の仕事は終わったし今日は一日休みをもぎ取ってきたし何ならもう一日ぐらい取ってもいいし、そこんとこの時間調整というか融通は利くからなんてそんなことを初めて言おうとした気がする。

「ネタは生き物だって、スクープはスピード勝負だって言っていたじゃないですか。私のことは気にせず仕事に行ってもらって大丈夫なので。」

俺の決まり文句を言われてしまっては返す言葉が見付からない。

「・・・今、仕事はいいんだよ。」

「・・・ない。」

「え?」

「よくない、よくないです!仕事に行ってください。私は大丈夫なのに。私が悪い子だから駄目なの?どうやったら良い子になれるの?貴方が仕事に行ってもらえるようになるにはどうしたらいいの!?どうすれば、どうすれば」

― 母はいつもいつも満面の笑みだった。
  私のやりたいことをやらせてくれた。
  けれどある日突然倒れて居なくなった。
  私がもっと良い子になれたら良かった?
  私がもっと我慢出来る子なら良かった?
  私が悪い子だったから母は居なくなった?
  私が我慢すればもう誰も居なくならない? ―

堰を切った勢いに驚いてしまったけれど唐突に脈絡のない言葉達に戸惑って狼狽えてしまったけれど、過呼吸気味に咳き込んで倒れかける君を咄嗟に支えて抱き留めながらゆっくりと床へと座らせる。

分かったから大丈夫だから落ち着いてと言い聞かせるようにして浅く速い呼吸を繰り返しながら、小刻みに震えている君の背中をさすっていると徐々に規則正しくなってそのまま眠りに落ちてしまう。

ベッドに寝かせてから端に腰掛けて顔を見れば昨日よりかは幾分か顔の強張りがマシに見えるし、俺の言葉で落ち着いてくれたのは良かったと思えるけれどもそういえばとも思い至った。

俺は自分の話を特に仕事に関する話とか理念とか信条とか信念とかポリシーとか苦労とか自慢とか、話しまくっていたけれど君は話を聞いてくれていたけれど君自身の話を聞いたことは無かった。

俺の方から君自身のことを聞こうと思わなかったのは今までが見返りの嵐だったからかもしれないし、この業界や職種で生き残るために拙劣な工芸茶より巧緻性の水中花を欲していたからかもしれない。

本命の相手に対して自分がしてあげたことと同じだけを返して欲しいとかこれっぽっちも思わないし、同額とか同等とか同列とか同レベルとか等価交換に考えて同じ形のお返しをと期待に求めはしない。

行き詰まったら予定を調整して困ったら時間を使って手を貸すことがどんなに積み重なったとしても、こんなにもしているのにと総負担の肩代わりを金銭的にも時間的にも労力的にも並べ立てはしない。

相手に決めさせたことをその通りにしてもてなしてあげたという自己満足に付き合って満たすような、相手への親切を借りとして後からそのコストを必ず回収するような貸しにするはずもないから。

自分の損得の考えに至るよりも相手を喜ばせようと相手が喜んでくれたかどうかへ気持ちが向くし、自分が相手にできることと相手が自分にしてくれようとすることはきっと同じにはならないから。

愛情をひとつひとつ交換するのではなく自分と相手の間を自然に行き来するものとして受け止めて、飽きられたり嫌われたりしたくないと思った時点で危うい魅力に惹かれ引き寄せられているのは確実。

初期段階はとうの昔に過ぎていた惚れていることを自覚すれば既に抜け出せない沼にはまっていて、のめり込んでいることにも気付かない内に君に深々と溺れている恋愛上級者と見せ掛けた恋愛初心者。

ピープルプリーザー並びに過剰適応の弾き振りな君は私に気を使わないで行ってきてと言うけれども、俺にとっては全くもって良くないし君には良くないって色よい返事で言ってくれないと困る。

俺に我が儘言って甘えて欲しくて俺にやきもち焼いて嫉妬して欲しくて俺が良いって俺が欲しいって、俺じゃないと駄目だって言って欲しくて俺の帰りを待っていて欲しくて俺の傍に居て欲しいって。

向かい合っているのが恋で同じ方向を向いているのが愛で違う方向を向いて背中を合わせているのが絆、そうならば一人二役ではなく添え木でもなく将来を約束するような関係になりたい。

今のように行き来するのも乙なものだとは思うけれども一つ屋根の下に二人で生活を共にしたいとか、そんな渇望のシロツメクサな枝葉にはアカメガシワの先染めにヒメツルソバで後染めを。
◆
730.ルコウソウの外部入力
◆
廊下で壁に背中を預けてブレイクタイムしていると、君が通りかかって忙しいと聞いていたけれどどんな感じと話しかける。

けれど君は返答しないばかりか俺の顔をじっと見つめているから、どうしたんだろうかと思っていると。

「キスしてください。」

「え?こ、ここで?」

誰かがいつ何時通るかも分からないところでしかも職場で、普段冗談も言わないような君が真顔で言うものだから、驚いて反射的に答えてしまった。

「嫌ならいいです。仕事中にすみませんでした。」

「え、いや・・・あ、えっと、こっち。」

あまり表情は変わらないように見えるのにしゅんとしたのは読み取れて、落ち込んだ姿の可愛さで働かない頭をフル回転させて、左右を見回して確認してから、人目を避けられる物陰へ手をひいて引き入れる。

「これでいい?」

「ありがとうございます。これで頑張れます。」

数秒にも満たないリップキスなのに嬉しそうな満足気な表情をした後、何事も無かったかのように仕事へ戻っていく君の背中を、唐突さそのままに見送るしかなかった。

体の力が抜けて少しひんやりとしている壁にもたれかかったけれども、唇の感触は残ったままだし火照って心拍数の上がった体はしばらく冷めそうにないな。
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731.ミューレンベルギア
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部署の慰労会に参加して遅くなるから彼のところには行かないと言っていたから、私が尋ねて来たことに彼は驚きながらも家に招き入れてくれた。

どうしたの?今日は遅くなるから来ないって言っていたじゃない、と言う彼の首に腕を絡めてバードキス風にしてみれば、彼には不意打ちだったのか想定外だったのか押し倒す形になってしまった。

けれども構わずに迫ってみれば私の予想外の行動に彼は狼狽えて待ってと言うから、しないの?と言っても酔っているでしょと言って寝かせようとする。

酔っているけれどもしたいのには変わりはないと言いつつ、彼はあの人とは違うなと思っていると口に出ていたらしく、俺はあの人じゃない!と彼は大きな声で否定するけれども、そりゃあそうだと私は不思議に思って首をかしげる。

貴方とあの人は違うし私は貴方としたいと言えば彼は深いため息を吐いて、無碍に扱うようなフレンチキスで私の希望に応えてくれた。

目が覚めたらベッドの上で隣の彼はなんだか微妙な顔つきだったから、どうしたの?と言えば昨日のこと酔っていて覚えていないでしょ?と言うから。

酔った自覚はあるけれどもちゃんと覚えているし、前後不覚になって記憶が曖昧とか飛んでいるとかもない。

雰囲気に流されたとか誰でもいいとか、貴方とあの人と間違うとかないし代わりでもない。

困っている時は困っていなくても何かあれば自分を頼って欲しいと言ったのは貴方の方。

貴方としたくなったから他でもない貴方の顔が浮かんで貴方を頼っただけ。
◆
732.場の空気を温めてしまった熱波師‐レジスタント‐のやる気を削いで基礎代謝‐サバイブ‐しようか
◆
SSRの宣伝文句の地に降り立って地盤看板鞄の三バンはあれど後援会はなくて、腹八分目の平均値と当選率の中央値と名目上の供託金で一票の格差を埋めたら、民族衣装で体制を整えて窒素消火で態勢も整えてシャトルは手短に済ませよう。

機密な重要データを持ち出そうとするその現場に偶然を装って必然的に居合わせた俺に、大して驚くこともなく誤解だと言うこともなくこのアマは俺に殺されるのは嫌らしく、この女郎(めろう)は俺が殺すのが嫌でもあるらしく随分と我が儘だったようだ。

俺じゃなくても野党でも与党でもこの街から負荷もなく出ようとすれば、歴任の供託の前にキングメーカーの鼻腔共鳴の舌鋒で自動的に殺されて、悪い子だから悪い人に警備という名の監視ということもなく生きては出られない。

上半期に優秀だと嫉妬されるより下半期にまで及ぶ別異の同族嫌悪よりも、こんなことも出来ないのかと蔑まれて見下されている方が楽だからと、成績も技術もSNSは消すと消そうとしても増えていく一方の法則で自己操作しまくる。

何かを増やすその分の何かしらを削らないといけなかったかもしれないけれども、どれかを削ったその分をどれも増やさなかったからCGの能率に血税を合成して、定職に就いたら死ぬために死ぬと分かっていてここに来たらしい。

そもそも破綻している役目を課したお前の家族はどうなっているとの無駄な問いにも、遺伝子上で戸籍上で家族の枠組みであっても自我を持ったクローンならば、それは実質的に正確無比なクローンとは呼べないのではないか。

だから初代はオリジナルとは呼ばれないし個体差がそのまま個性的にはならないし、全く同じ自我を持ったクローンならばホッとすればドッときて世界は発展しないから、家族であろうとも私に自我がある以上は陰々滅々になんてならない。

設定上の箱入り娘は大人しく嫁入り道具の箱の中で遊んでいると思われている間に、私のやりたいことをやるし何ならバラすために行動してきたようなもので、もっと簡単に言えば私は貴方が好きだから貴方の役に立ちたいと思っている。

初対面で足を払って荷物のように抱き抱えてベッドに放り投げたのに何を言っている、一目惚れであり患者が無理をしていたから医者として主治医として止めただけで、死にたいわけじゃなくただ幸せなこの状態で終わらせたいだけだとまで言いたげだ。

じゃあここにいればいいと戻らずに殺されることもなく今まで通りに過ごせばいい、裏金が予算オーバーならば政(まつりごと)ごと盗めば祭政一致になるから、トラッキング現象のアースとなるのはどちらだろうかも神のみぞも知らない。
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733.アザレアでいいアザレアがいいアザレアでよかった
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あの決死の決戦から時は流れて、洋菓子店を営むとある家族の元に返すために帰さなければならない人を車で送り届ける彼が居た。

社長の部下の手下の中でも選りすぐりの息子同然だからとして、綺麗事は言わないし守るためには厭わないと汚れ仕事を請け負っている。

家族が居なくて知らないけれど何よりも家族を求めていて、家族を守るために何でもしてきたし家族はそれに応えようともしてくれた。

けれども償えないならば顔を変えてでも何もかも変えて最期までやりきるだけと、彼は表舞台からも裏舞台からも存在を消されていたからこそ、今ここに存在出来ているのは皮肉ではなく幸運ということにしたい。

送り届けてその家族を陰からひっそり見届けた後車に戻れば、助手席に座っている彼女は社長の元秘書で社長には有能だと重宝されていた。

今は居場所が無い人達の居場所である彼が組織に居た頃に、汚いお金で立ち上げた綺麗な会社で、社長は彼ではないけれども比較的彼の専属秘書兼社内の何でも屋だ。

彼女の手には待っている間にその洋菓子店で買ったケーキがあって、その人が差し入れにと持ってきてくれていたケーキで、会社に居た彼女にとっても思い出の味だ。

嬉しそうにケーキの話をする彼女に彼は少し不満気で、俺の作ったケーキには文句を言っていたくせにと文句をたれる。

塩と砂糖を間違えたらそりゃ言いますよ、それにその後一緒に作ってあの子達には美味しいって言ってもらえたんですし、今はちゃんと一人で作れるんですから良いじゃないですか。

っていうか何年前の話を持ち出しているんですか?しつこい男は嫌われますよと彼女に直接言われると、ウッと言葉に詰まりハンドルを握る手に少し力が籠る。

いくら売っているものでも他人の男が作った、しかも見ず知らずのではなくあの男が作ったケーキを、こんなに嬉しそうに言われたら自分の不甲斐なさも相まって面白くない。

けれどそんなみみっちいことを言って嫌われたくない彼は誤魔化すように話題を変えて、そっちこそいつまで経っても敬語のままじゃないかと矛先を彼女に向ける。

秘書だから当然ですとドヤる彼女に今はプライベートだけどとしたり顔で言えば、あ~分かった分かった分かったから早く帰って食べよう。

全然分かっていないと思ったけれどこれでも時間は限られているし、箱の大きさからして二人分だから帰ったところで恨めしい視線を向けられるだけ。

そういうところは何故か抜けているんだからと変わらないところに安堵して、邪魔されずに二人っきりで食べられるところを思い浮かべる。

二人の時にだけ彼女が呼ぶ彼の昔の名前に籠もっている感情を、彼と彼女が理解出来るのもすぐのことで、あの頃を知っている人達との秘密は何よりも大切な想いである。
◆
734.チューベローズの簪
◆
部屋に招き入れても招かれても段階を経ながら滞在時間が増えていっても、してしまいがちだけれどもそういう雰囲気を出さないようにしていた。

何故なら彼女は全国区である血筋の被害者であり奥座敷にある骨子の協力者であり、訴因の特異点‐インターセプト‐も怪我の功名だと笑って済ませてくれて、全てが終わった今は果敢な粘り腰で新天地に少しずつ慣れてきたばかりだからだ。

直立に気持ちの整理がつかない彼女を堪忍しておくれやすとすっぱり転載して、不動の人気に宣伝広告の意味を込めたものになってしまったけれど、予防的措置であった切り込みはぎ積みの武者隠しも徒労に終わって良かった。

例年直立不動で顔をそろえる公設秘書も私設秘書も反響言語が見受けられ、明朝に逃げやすいということは石室であっても攻められやすいことでもからと、権力が判断するのは危ういという人による弱い守備を地形の強さで補う。

搬出の通用門でもある天下の往来では煮崩れるしごきなんてやらない人が大半だけれど、悪口を言う奴の仲間になれば其奴からは悪口を言われなくなるからやる人も出てきて、悪事を働きにくい設計にしなければ人生のトラックは悪人だらけになる。

巻紙‐ローカル‐な具材の分店も蛇の道は蛇だと多聞になめくさって守護聖人と煽てて(おだてて)、飛ぶための脱出口である街道には先立ちてウッドチップを敷き詰めておけと。

助けを待っている人がいるからと伝導熱に人を見捨てられない人を装って、帰りを待っている人もいるからと対流熱で人を疑える人となる。

無償の奉仕はくり抜いた救助隊‐タイムトラベラー‐のトロピカルな口当たりで、対抗馬は自らのガス玉の書院‐テレフォンカード‐でアドヒアランスは安心しきっていたから、磁場の変圧で温室の褐変に気付くことなく気付かれることもなくお陰で執務が捗った。

ものごっつはげ山でえらい言われようでも金で解決出来るならお安い御用だけれども、使いっ走りの給仕へ維持管理のアヒージョに望むのはそんなものではない。

湯あたりに過ぎ去った懐かしい過去ではなくのぼせを置き去りにできなかった責任を、恥辱な多聞の武器庫ごとビデオレターの映写を持って初出し情報で逆手抜刀を果たす。

気持ちによって罪状が変わるのならばどちらか一方を何か一つを選ぶとして、危険な選択を迫られた時に自分自身で答えを出して乗り越えるべきは、誰かを救えない優しさとその裏にある自分を許せない頑固さとしての決断で。

孤高な英雄の自己犠牲として処理して美しい場面の物語になるというほど人生は単純ではなくて、何かに焦点を当てると全体の答えが出せなくなって論点のポイントがずれてしまう。

どちら様ですか?何のご要件ですか?○○と言っていただければ分かると思います。

そちらが何かをしてくれたらこちらも何かをするという仕組みである取引は、取引に際しての条件が満たされなければまごうことなき断る理由になる。

もし助けられない状況に直面しても自分の力では解決できない問題だったとしても、どうなるのかどうするのかと悩みながらグリッドロックへ駆けつけようとしなくていいから、利益の落盤や秘密の拾得から守るためにはこの総督府‐ビアガーデン‐はとても都合が良い。

守るために必ずしも命を懸ける必要はないとか危険な仕事から身を引く勇気を持ち、誰かに助けを求めることもできるのだと言われそうだけれどもそうは問屋が卸さない。

正直にお答えくださればこちらも正直にお話しますよ、正直にお話くださればこちらも正直にお答えしますよ。

良い評価も受けるのも悪さのツケを払うのも普通を異端にするのも孤独に自分しかいない。

ダークな草刈場‐レイジベイト‐を議連の種苗から宥めすかしたはぐれ者の戦果には免じての褒め殺しで、手に入れた名札は政庁の外苑と煮出された密談の茶寮と混迷を極めた執務室の跡地だった。

それでも鬼の首を取ったように一笑に付す危険な香りの雰囲気が出ている奴等を、含蜜糖のピンチョスを即日完売にさせて一掃出来たのだから良しとするか。

もういいかい?まだだよと今の関係も心地良いけれどももういいよと何歩も進みたい気持ちもあるし、それでいて最初であり次の一歩は恐れをなしてなかなか踏み出せないでいる。

自分の家で彼女の手料理をつまみに酒を飲んでいるなんて贅沢な時間だなと思っていると、なんだか毎回のような気がしてきて幸せ過ぎな気持ちが込み上げて少し笑えてくる。

モッコウバラの輻射熱のコクを噛み締めながらふと隣に座る彼女に視線を向ければ、彼女の外貌は温室育ちの御上品さと少しだけ困ったように視線がオロオロとしている。

どうしたんだろうと行外を聞く前に自分に向いている視線の先を追ってみれば、平原でなければならないセラーがテントを張ってしまったズボンの膨らみが目に入った。

お年頃でもあるまいし上手い言い訳が見付からずというか言葉にもならずに、思わずソファーから立ち上がって後退りながら前屈みで隠してももう遅いか。

体感で時が止まったような長い沈黙はきっと実際の時間だととても短いだろうとか、暫くの禁猟にしごかなくても手間いらずのムスクだとか関係あるようでないことが頭に浮かぶ。

「わ、私がしましょうか・・・?」

「え!?」

「あ!いえ・・・め、迷惑ですよね。すみません、変なことを言いました。忘れてください。」

彼女が言った言葉に驚いたら彼女自身も自分の口から出た言葉に驚いて、更に僕の言動を拒否だと受け取ったらしく帰り支度をしようとして俺に背を向ける。

意図していない生理現象とはいえ自覚してしまえば原産へ稲妻にガツンときて、それに加えて香を焚かれた上に銅鑼を鳴らされてしまったら結構でなくてもギリだ。

「そんなこと言われたら、勘違い、しますよ?」

今日は帰せなくなるかもしれない、今日だけ帰せない、今日も帰したくない。

引き止めるように閉じ込めるように封じ込めるように柔らかな手触りを後ろから抱き締めて、もう隠し切れない隠すことを中和することも諦めて中毒性のある熱っぽさで言えば。

彼女の体が動く気配がしたから大概にしろと振りほどかれてしまうのかと思った瞬間、腕へと重ねられた手から伝わってくる体温を否定できない言うことなす事も拒否したくない。

「・・・いいですよ。」

まさかの承諾の言葉に淡い期待と儚い希望の間で揺れながらも保っていた理性の土手は、予想を裏切られたことで見事にズタズタのミンチとなってオーバーフロー。

少しだけ強引に体を反転させて顔を見れば大達‐シゴデキ‐の知られざる渡世、上目遣いの瞳は潤んでいて柔らかそうな頬は染まっていて濡れた唇に口付ければ、夜泣きの音質へ理にかなった神秘の志古貴に止まることなんて出来るはずもなかった。

「体、大丈夫?」

「ありがとうございます、大丈夫です。お役に立てて良かったです。」

「役に・・・?」

差し出したマグカップを受け取った彼女は満足そうな顔をして飲んでいる。

そういえば協力を申し出てくれた時も僕の役に立ちたいと言ってくれて、仕事の方はそれで良かったのかもしれないし実際良かったのだけれど、今はもうニーレンベルギアの空間であり完全プライベート時間であるのに。

彼女の昔の仕事柄‐カルチャー‐としてこういうことは一定方向なことが多く、片方が苦労して条件を満たしもう片方が報酬を与える栽培と標本のような関係の構造。

それは根性を叩き直す桁違いの金額と性根を叩き直す小麦色の偏差値との不等価交換みたいなもので、市場広場の総監府である勝負師が配当を気にせずのんきに賭けるなんてことは絶対にしない。

しかも御鈴廊下‐ロードサイド‐の年鑑‐SEO‐の割り当てには人数制限があるから、城門‐パドック‐で篩に掛けられた結果次第では初頭から払い戻されることもしばしば。

しかしながら野営の教官か崇敬の館主か居城の亭主気取りでもお世継ぎ目的ではないから、民衆があーんと変圧器で登城しても鐙の候文な唐箕で法定相続人になることは少ない。

稲架掛けな交易商の断面‐トークショー‐は顔料が刺さる独鈷‐クリスピー‐でも、互い違いの千歯扱きで客足が遠のけば焼き上げからは下乗で宅配は閉鎖される。

メッセージカードのセルフィーを究めてもことほど左様に道理が通らない世界は、あられもない姿の自撮りと煙管の乾燥‐ギャフ‐で栄枯盛衰の野焼きを極める。

助けて欲しい時にはいつでも連絡してきていいとそんな言葉を迷わずに差し出しているけれども、無条件の約束には断るための逃げ道がないからこそ適度な距離を保っていれば。

失くした後のことを考えるのではなく失くさないようにしなければならないのに、会うまで何度でも追っ掛けてくるし会っても一度きりで終わるとは限らない。

形が変わるから増えるのか減ったから形を変えたのかそれすらも分からないのに、誰も彼もが彼女を自分の都合の良い補正予算として使い倒せると思っているし、彼女は彼女で自分を守るための判断をカランコエとして後回しにするだろう。

実際そうしてきたようだからこその態度で報告書にもそうあったけれども、実際にというか彼女だからこそシモバシラが過ぎると思ってしまう。

「酒の勢いとかにはしたくないから。」

「そんなことは気にしないでください。こういうことには慣れていますから。」

お取り寄せを通販なミズバショウなんかにせず責任を取る所存と言明しても、彼女は僕が元妻をリュウノヒゲのようにいまだに想っていると思っているらしい。

元妻は聡明で控えめなサバサバした美人系で、彼女は淑やかで明るく天真爛漫な可愛い系だ。

事故みたいなものだと思ってが比喩にならない洒落にならない事態に陥って、元妻が見せ掛けだけだったと判明した後は僕の中では仮面夫婦よりも冷めきっていた。

元妻に気持ちがあると思われているそれも抵抗感があって嫌ではあるけれども、僕があの世界の連中と同じだと思われてしまっているのはもっと嫌で忌避感だ。

彼女は記憶を失っても戻っても元妻とは違ってそのゼラニウムの芝生は変わらなくて、自らは何色にも染まれるけれども他の色が透明に変化することはないから。

手に入れたいとも思うけれども協力者といいながら利用してしまったけれども、彼女の立場も僕の立場も変わった今だからこそ心の関係から一歩を踏み出したい。
◆
735.ポップフィルターは相好を崩す
◆
茅葺屋根の住み処が限界集落っぽい消滅集落の原点のようなひき逃げ事故によって、にわかには信じがたい記憶喪失になってしまったことを私は病院のベッドの上で知った。

専業主婦である加害者の夫はエリートでありビッグウェーブをプロテクトする警察官で、その兄は政治家として国に尽くす次期司令塔‐トップ‐と有力な偉い方。

弟の妻とはいえヒステリーに怖くなって救護もせず逃げてしまって、怪我ばかりか記憶まで失くさせてしまって申し訳ないと涙を呑む。

昔ながらの気難しい感じではなくレディーファーストのてにをはでウィットに富んだ話術が、凶作でシャッター通りに闇市の給餌でも炎症を半減‐マスキング‐してくれているよう。

せめて生活の補償と仕事の紹介をさせて欲しいと申し出てくれて、兄は会社の社長である知人の秘書として働けるようにしてくれた。

記憶が無いからか研究段階でもゾーンに入ったのか何でも新鮮で楽しくて、駆け込み乗車のハードもドタバタ劇のソフトもアドベンチャーに挑んでいれば、私が社長に重宝されるように花開くまでそんなに時間はかからなかった。

船着き場からの荷下ろしとか私に関しての細々としたことを弟が手配してくれていたことで、スラブ軌道のファブレスとして会社の従業員とも顔馴染みになった頃。

私が相談したいことがあるから食事でもと言うとセクシャルに周りがザワっとして、セクシュアリティに女性の意見も聞きたいからできれば奥様も一緒にと言えば、なんだそういうことかとすっとこどっこいな逆説にホッとした周りも弟と同じ反応をする。

しかしこの街区の換地の方法論に社長だけは違ったようで、女性の意見を聞きたいなら俺の妻でもいいじゃないかとタメ口風に言うから。

相手は女性ですけど交番のお巡りさんな上に弟の奥様と年齢が近いんですよと言っても、大逆転出来ずに拗ねたままでいじくる従業員にからかわれていた。

結局外食ではなく家に招かれて食事を頂きながら相談することができて良かったけれど、遅くなってしまったからと言って弟が家の近くまで送ってくれることになった。

夜風に当たりながらのその道中で他愛無い話の延長を装いながら、この相談事の真の目的である三枚おろしの閂‐ドラフト‐として、貴方方は最終的にどこを目指していますか?とヘッドレストとして問い掛けた。

私の周りに張り付いているのは貴方の方の人達ですよね。昔からそういう勘は働く方なんですよ。と言えば記憶が戻ったことを理解したようで、何故そのようなことを僕に?と驚きつつも警戒されるのは当然か。

事故を起こして夫が上役でも閑職に回されてしまったと気に病んでいる妻のためにも、弟は外挿からでも手柄を挙げて出世コースに戻りたいという雰囲気を醸し出していて、兄の尖兵としてワヤでも押し上げてもらうために私の世話を焼いている。

というのが地下牢‐フリースペース‐から功徳‐セロトニン‐を積んで、首位争い‐リベンジ‐に食い込もうとする弟に対しての周りの評価だった。

マニアに見ていれば分かりますよ、奥様とお兄様の関係ぐらい。けれどお二人に対しての貴方の感情はそれぞれ真逆みたいですし、貴方の役職からいっても何かありそうなのは察せますから。

全部が戻ったわけではありませんが、事故の記憶ははっきりしています。だから何かの役には立てると思いますけれど、私は貴方の役に立ちたいです。時々うろついていた怖い雰囲気の人達も、貴方の方の人達が居ることで居なくなりましたし。

私は何をしたらいいですか?と捨て石の損失回避バイアス風に言えば、弟は肩の力が抜けたように膝に手を当ててスイープムーブメントなため息をついて、貼り付けていた笑顔が緊張の糸が切れたようにクレソンな笑みに変わる。

妻は兄と不倫というか自分と付き合っていた頃からの関係らしく、密会した後に私が被害者であるひき逃げ事故を起こしてしまったのだけれど。

運転手は妻ではなく兄であり妻は夫の出世の道が絶たれると理解していながら、兄の政治家としての立場を優先して身代わりになって罪を被り庇った。

妻はともかく兄は子供の頃から反りが合わなくて大嫌いで、そんな自分を難があるけれども可愛い弟を世話する兄というプロテクターポジションが心地良かったらしく、周りも兄自身も兄弟仲は悪くは無いとの認識だった。

表向きは国に尽くし国民のためにシリーズ化して活動している兄だけれど、デジットからもカウンターストップいわゆるカンストを目論む神童の野心家。

だからこそ民事でしか裁けないのならば何かしらあるだろうと泳がせていたところ、兄と知人であり実業家であり私の雇い主でもある社長の不穏な動きに気付いた。

図説‐バナー‐がよそ者の始発で出陣した選挙区の隙間風な区割りで、投開票前の辻立ちである選挙演説がやたらめったらな振動で減点の列車風でも。

POSシステムの時祷書はいける口で傑出のレーティングだったのは、業界大手から業界最大手までの支援者にマジカルな季節のご挨拶が服属儀礼だったから。

若かりし頃のばっちいヤンチャと無添加な失業を破裂音のフェロモンに変えて、得意満面なバイブルにすれば縁日のソテーがセルフレジでもハーレムにはウケると。

馬鹿に付ける薬はないとして厨子の原っぱには周壁は無いクレーンゲームで、目が虚ろなシティガールでも興隆はチョロいと考えているデザイナー気取りのようだ。

実権を握るにはまだ若い兄は金に物を言わせるが如くバラマキを繰り返していて、伏流‐ライフステージ‐に合わせた定式な土寄せの資金源は社長だった。

こちらも表向き電信の技師を駆使したアプト式からプッシュプル方式まで、幅広く手掛けているのに少し抜けているけれども家族思いの良い人で通っている。

仕事としても部下達と共に二人を追っていると、その社長から兄が献金それも違法で受けていることを掴んだけれども、その資金は表の金をちょろまかすだけでは到底賄えない金額に達している。

当てこすりも定式化した定式幕へどう切り込もうかと部下達と思案していると、警察内部の内通者として情報を流し内部はもちろん外部の追及からも匿うようにと、批判を浴びないようにする保身の処理システムを欲しがった兄の方から持ち掛けてきた。

左遷された弟をスパイとして利用し使うことに何の疑問も持っていない様子で、というか浮気や不倫に気付いていない弟は警戒の対象になっていなかったらしく、弟は兄のために尽くしてくれると信じ切っていた。

これ幸いと石橋を叩いて渡るような礼儀作法の土器を送り込む提案を受ける代わりに、兄が実権を握った暁には自分を重要ポストに据えて欲しいとひっつめ髪のテンションで、権力にしがみついて懇願している風を強めてモジモジともしない協力関係を築いていく。

圧力でもみ消せない言い逃れのできない証拠を掴み兄の失脚というその瞬間まで、徹底的にというただの復讐に加えた不正を暴くという仕事。

警察官としてのスパイと兄と社長の駒としてのスパイの二重スパイとなったことで、EVIL=LIVEとしての物量が万有引力よりも大きく枢軸が動くことになる。

社長が関与し手を染めていたのは表の金をちょろまかすことではなく、裏社会の表に出してはならない金の資金洗浄を裏の顧客から引き受けて、表に出せる形で返還するというマネーロンダリングの手数料で儲けていたバンカーであった。

違法とお互いに理解しながらも兄に巨額の献金をし続けているのは、兄が国のトップに立ったら自分が裏で好き放題出来るという大欲のためで、この度の一連の事件も献金の資金を捻出し得るために社長が仕組んだものだった。

裏切り者を粛清したりトカゲの尻尾切りをしたりとそのレーザー並みの眼力は、どこぞの組織よりもあくどいやり方で罪の重さ的には兄に勝るのは承知の上。

解散したことで回ってきたチャンスをものにしたい兄は社長に献金を頼んで、頼まれた社長は早急に入り用になったものだから、顧客から預かっていた洗浄する商品に手を付けてしまった。

しかも商品であるから現金化するにはルートを使ったとしても少々時間がかかり、その間に顧客からもせっつかれた社長は自作自演の紛失横領を企てたからこそで、一連の事件は一課が考えているような内部抗争が表沙汰になったのではなかった。

内輪揉めしている組織内のことはこちらと一課で何とかするから、社長や兄や無関係と思われる従業員達に気付かれないように今まで通り記憶が無いふりをして、佳境に入っている証拠集めに協力して欲しいとお願いされた。

昔の記憶があったところでそんなのお茶の子さいさいとまではいかないけれど、監視という名の警護が付いているからか潜入捜査官のミッションのようで気合が入る。

組織の内部抗争は裏切ったり裏切られたり紆余曲折あったみたいだけれど、兄が社長から違法献金を受け取っているところをばっちり押さえられて、兄は収賄の疑いで社長は贈賄の疑いで、二人合わせて多額の贈収賄の容疑で逮捕することができた。

社長が預かっていた商品の顧客は海外の組織だったから捜査中ではあるけれども、証拠がわんさか出てきたから全容解明にそんなに時間は掛からないだろうとの見方らしい。

弟は私にニュースにも報じられていない事の顛末を全て報告するとともに、私の人生を狂わせて巻き込んでしまって本当に申し訳ないと頭を下げて謝罪してくれた。

思い出したところで耐え忍ぶだけのあまり良い人生では無かったけれど、事故に遭ったからこその人生でもあると思います。貴方のおかげで誰のことも恨まずに生きていけます。ありがとうございました。

私が弟に頭を下げれば一課も二課も助かったととても喜んでいたけれど、それでも許されるわけじゃないと言葉を素直に受け取れない律儀な弟は。

少し困ったように視線を彷徨わせてせめぎ合って割り切れないけれども、憑き物が落ちたようなほんのり穏やかさが混じった笑みを浮かべた。

今回の件で功績が認められた弟は地方の本部へ栄転となったけれども、兄とは反対勢力の後押しの影響もあったから結局権力に振り回されていると苦笑いを浮かべていた。

一方で私といえば戻った記憶はあの時から減りもしないけれど増えもしなくて、何一つ変わっていないからこそ事故の証言だけは出来るけれども。

事故自体の時効がすでに成立している上に民事裁判に訴えて争ったとしても、不倫の事実が第三者に分かるようになってしまうしきっとお金ではないだろうから。

出世コースに戻れたとは言い難いけれどそのキャリアから再び引きずり下ろされ、自爆して無能の烙印を押されるようなスキャンダルまみれにしてはいけないから。

ミッションオールクリアで私の役目はお役御免かな。

おかえりなさい。ただいま。お忙しいのに有給を取ってこちらに来なくてもリモートで良かったんですよ。お疲れでしょうに。疲れているからこそ貴女に会いたくて。

それセクハラですよ。おどけたように微笑む元上司へ挨拶代わりとばかりに、釘を刺してみるけれども目の前の緩んだ頬には刺さっている気がまるでしない。

彼女の方も昔の職業柄として躱したりスルーしたりしてきただろうし、深い意味があるなんて思いもしていないから気にしていないし気にも留めていない。

明らかになった不正で元上司の兄とその知人の社長を逮捕したことでの事件解決後に、元上司の居ぬ間に元上司の妻は署名と捺印がされた離婚届と結婚指輪を置いて、少しの生活用品と共に姿を消していまだ行方知れずの失踪者のまま。

起こされた事故ではなく起こした不倫の罪悪感に耐え切れなくなって逃げたのか、活歴物として思い描いていた豊かな未来にならなかった絶望に打ちひしがれたのか、破滅して地位も名誉も財産も何もかも失った元上司の兄を待ち続けるのか。

事故のせいで出世から遠ざかっても許した上で守ろうとしてくれていた夫に対して、捨てられた悲劇のヒロインという被害者ポジションの逃げ道が与えられなかったから、家庭崩壊の幕切れのレッテルを自ら背負うしか道が無かったのだろうと思う。

元上司が不倫の事実に気付いても事故の真相を知っても離婚しなかったのは、元上司の兄と知人の社長を逮捕するのに支障をきたす恐れがあったからだけではない。

自分から縁を切るようなアクションは起こさずに清算したからと正式になんて繋がらせない、何も知らない優しい夫を演じていたその裏で全てを知りながらその時まで泳がせていた。

盲目的に従順とそれでいて本妻なんて割り切った関係の政略結婚でしかないから、この陰で支え引け目を感じる特別な役割は自分だけにしかできない価値あるもの。

事故の身代わり出頭も必要悪として犠牲を払えた自分という優位性と愛の証は、国を変えようと必死に戦っているあの人には自分の支えが必要だけれども。

組織に組み込まれているあなたは自分が支えなくても権勢を振るえるだろうと、なんら生産性の無い悔恨も無い自己弁護を見透かしていたのかもしれない。

家柄の割にと格下だと見下していて搾取する側だと傲慢なプライドの塊である兄に、強調した愛で切り抜けられる女性問題よりも時間の無駄でしかない裁判よりも。

時折隠し切れずに見えていた冷ややかな表情に底知れぬ冷徹さとその危ない執念に、この様子を見る限りでは彼女は気付いていないと思っていいだろう。

妻は兄を選び兄は権力を欲し社長は金を握って非合法の見返りに手に入れたのは、警察が仕事をし少しの間世間様に話題を提供した後の弟の出世コース返り咲きの道にすぎない。

お茶いれますね。と出迎えた彼女がキッチンへと向かうけれどもお構いなくもなしに、上着を脱いでかける仕草はまるで遠距離恋愛の恋人ようでありウキウキで通っている。

対外的には事故の真相も不倫の事実も公(おおやけ)になっていないのだから、個人的な復讐の側面も垣間見えた色々な裏話を見聞きしてきたこちらとしても、苦境に立たされた挙句に意気消沈しているような少々しんみりとした空気をちょっとは醸し出して欲しいものだ。

まあ彼女にアプローチし始めたのは置かれていった離婚届を出して受理された後だから、元部下一同どころか事情を知っている他部署の連中も見ないふりをしてあげている。

ほんとわざわざ来なくても。裁判に向けての打ち合わせは必要だろう。打ち合わせ、ねえ・・・?

お茶請けも用意しているしっかり者の彼女をチラリと見る元部下のボヤキは、裁判に備えての資料を広げることなく寛ごうとしている元上司には聞こえない。

控えている裁判での証言は既に時効となった事故でも民事事件の不倫でもなく、元上司の兄とその知人である社長を被告人とした今回の主としている刑事事件の方だ。

元上司の要請で証拠集めに協力してもらった彼女についてはそこまで複雑なことはなく、わざわざ有給休暇を取ってこっちまで戻ってきて顔を突き合わせてするようなことでもない。

ただ元上司の気持ちが言外に滲み出ている角が取れたこの光景を見ていると、イージーモードな強化選手に見えて実は採算度外視なハードモードだったらしい、絶大な権力でもなく莫大な金でもなくささやかな愛を求めていたであろう元上司にとっては。

自分の中身だけを見てくれた彼女が唯一の救いだったのかもしれないと、呆れ交じりに苦笑しながら席に着く元部下は一人胸の中でひっそりと思うことにした。
◆
736.エンゼルランプの水系
◆
就業後の飲み会で居酒屋を出ても二次会に行こうか行かまいかとくっちゃべって、上司におごらせようとしている先輩達を冷ややかに一瞥してから直属の先輩に目を向ける。

「先輩、何しているんですか?いきま・・・あっ。」

後輩に話し掛けられたことすら気付かないまま立ち尽くして、彼は向かいの歩道で彼女が見知らぬ男性に抱き締められている場面に釘付けになっていた。

彼女は彼のお気に入りのカフェのバリスタだ。

その帯の着付けは着心地良く調薬‐フィッティング‐されて、人間ドラマのオイルも童歌(わらべうた)のクリームになって、マイワールドに浸れるのにオープンセットにもクローズドセットにもなってくれる。

後輩が異動してくるまで階級も年齢も一番下っ端だったので、配属初日にコーヒー係に任命された。

最初は嫌々やっていたものの彼女の店を見付けてからというもの、コーヒーブレイクの必要性を力説し、古くなっていたというのもあるけれどコーヒーマシンを新調するまでに至る。

ウェルダンからミディアムを経ずにレアになった彼の変わりように、一体全体どうしたことだろうかと思っていた先輩達は、彼女が事件の参考人として浮上した時に事の次第を理解した。

捜査を進めていけば結局のところ、彼女はバイトで入っていたその人に頼まれて中身が何かも知らずに、待ち合わせた人物に封筒を渡していたにすぎなかった。

店長を介して無断欠勤しているその人の現住所を教えてもらって事件を解決できた縁で、そこから彼の先輩達もプライベートでも贔屓にしている。

後輩に至っては下の名前で呼んでくださいとまで言って人懐っこさ全開で、彼は自分もまだ呼んでもらっていないのにと僻んでいるけれど、下の名前で呼ばれるのを嫌っていると先輩達から聞いているせいだ。

まあ先輩達がからかいついでに下の名前で呼ぶのを止めないから、余計に意固地になっている部分もあるけれど。

後輩が異動してきた時は時代が変わったとかでコーヒー係以外の雑用も拒否されたけれど、彼にとってはコーヒー係を死守できたからか、雑用が自分のままでもそれでよかったらしい。

彼が彼女と付き合うようになったのは後輩が異動してくる前だ。

看板バリスタと常連のお客から参考人と刑事という関係をほんの数時間だけ挟み、休みの日も会うようになったら応援半分にお節介半分で先輩達がけしかけるものだから。

付き合うようになったと言った時の先輩達のニヤニヤ顔を、彼は一生忘れられないだろう。

先輩達の軽口も後輩の茶目っ気も本気で彼女を狙っているとかではないから、彼はグチグチ言うだけで言動を止めようとはしない。

しかし昨日目撃した光景は到底間違いとは言えなくて、意気消沈の彼を慰める先輩達ととどめを刺しにくる後輩にチョップをかます上司。

そんな中でも帯の収録のように事件は待ってはくれなくて、遺体で見付かったのは彼女を抱き締めていた男性であり、その職業はとある省庁の官僚だった。

彼が先輩と彼女に話を聞きに行くとその官僚は高校の同級生で、偶然会ったから少し食事をして別れただけ、抱き締められているように見えたのも酔ってふらついたのを支えただけ。

内部進学的には何も知らないし外部受験的には何も無かったと答える彼女は、以前の時と違って何かを飲み込んでいるような気がしたけれども、今はこれ以上聞き出せないと一旦持ち帰ることにした。

先輩が帰路に就いていると女性の声が聞こえてきて駆け付けてみれば、彼女が何者かに襲われている場面で、威嚇するように声を掛ければ何者かは逃走してしまったけれど、怪我をしている彼女を優先して大丈夫と言われても念のために病院へと付き添う。

治療を終えて間もないけれども彼女に話を聞こうとすると、治療中に連絡を入れた彼が待合スペースに飛び込んできて、怪我の程度の心配と大事でなかった安堵とが入り混じってはいるけれども、すぐさま逃走者を捕まえようと飛び出さないことに先輩は彼の成長を感じていた。

けれど彼女は彼の顔を見た途端に強引に帰ろうとして、送っていくという彼をタクシーで帰りますからと強固に一蹴するものだから、彼をなだめながら言い聞かせて先輩が送ることになった。

「彼は貴女を心配しているだけですから。それだけは分かってあげてくださいね。」

活劇のあらすじをあれこれ聞きたいのだろうけれど断続的にも聞かずに、彼の成型‐エンパシー‐だけを伝える先輩の居住まいに、起案をポストしたいけれども錬丹術の妙案は浮かばずにいた。

ノンフライでもアクリルアミドが取っ組み合いなら傍聴人では居続けることができないと感じ、先輩にならば話せるかもしれないと思案して訪ねれば、正面玄関で彼の上司と行き合わせてそのまま部署まで案内してもらう。

しかし部屋に入って彼が目に入るやいなや、やっぱり帰りますと踵を返そうとした彼女に、先輩はそのラストシーンの到達点を知ろうと静かに語りかける。

「何に怯えているのですか?何を知っているのですか?それとも何かを隠そうとしているのですか?貴女は何か話そうとしていると見受けられるのに、昨日も今も彼の顔を見て躊躇っている。」

持っているのは昨日までのハンドバッグではなくショルダーバッグであり、ストラップの付け根のところを握っている手には力が入っていて小刻みに震えている。

「僕は貴女の入れるコーヒーが好きです。でも今は入れることもその準備さえもすることが出来ない。物凄く憎いです、貴女に怪我をさせた奴が。」

藁焼きのような激しい怒り漬けの言葉とは裏腹に、彼はパンクしそうな震えごと受け止めるように彼女の手を包み込む。

「僕は刑事だから。貴女に怪我をさせた奴も官僚を殺害した犯人も逮捕しなければならないんです。貴女を含めた皆が安心して安全に過ごせるように。何か知っているならお願いします、教えてください。」

自分と再会した後に官僚が殺されてしまって、もし話したら官僚みたいに彼も殺されてしまうのかもしれないと思ったら、何も話せなくなってしまったと。

ただ官僚と単なる高校の同級生の関係であると思わなかったのは、彼達だけではなく犯人側もだったからこそ、官僚から何か受け取っていると思われて襲われたと考えるのが自然で。

彼女自身を襲ったというよりハンドバッグを奪い取ろうとしていたように見えて、先輩が違和感を覚えていたことも要因の一つだ。

官僚が集めた証拠はクラウドに、彼女が託されたのはパスワードだった。

「貴女を襲った人物の人着を緊急手配していますが、まだ発見されたという報告は入っていません。犯人側は記憶媒体でないこともクラウドストレージであるということも知らないようですから、手に入れようとして貴女を再び襲う可能性は高いです。」

完成披露‐オープンデッキ‐に雨脚を強めて捜査をするにしても、殿様商売で雨脚を弱めてパンクに整形とか命からがらというわけにはいかない。

「警護は万全を期すためにも24時間張り付くことになります。大変鬱陶しく感じると思いますが、ご理解いただけると助かります。」

「僕の仲間達はとても頼りになりますし強者揃い(つわものぞろい)ですから、何も心配いりませんよ。」

「ありがとうございます。凄く心強いです。」

まだ怖さのすべてを払拭できなくても、彼の自慢の仲間達だからこそ、彼女の強張っていた表情も身体もようやく和らいでいった。
◆