中学時代のケンジは、本気でイカれていたんだと思う。頭がよくて勉強もよくできたんだが、授業中には椅子の背もたれに腹をつけて座り、教壇に背を向けて後ろの奴と話をする。俺は二年生のときに一度だけ同じクラスになり、その被害に遭っているんだが、先生は注意をしてくれない。というか、できないっていうのが正解だな。ケンジのその姿勢は一年生の夏休み明けから始まった。最初は後ろの席の奴に勉強を教えるためだったんだ。数学の授業だった。その先生は、自分勝手にしか授業を進めない。分からない奴は置いてけぼりだよ。そのときケンジの後ろに座っていた奴は、頭は悪くないんだが、ちょっとばかり理解に時間がかかるんだ。それでいてやる気は人一倍で、当初はしつこく先生に質問をして、怒りを買っていた。他の生徒の迷惑になるからと、その先生は全ての生徒に対して授業中の質問を禁止にしたんだ。
 ケンジはそんな奴に対し、後ろ向きで丁寧に勉強を教えていたんだ。授業を受ける態度としては最悪だよな。当然先生は怒り狂っていたよ。
 大声を出してるわけでもないし、誰にも迷惑はかけていませんよね? むしろ俺は、こいつに勉強を教えているんですよ。先生のお手伝いをしているんですから。
 ケンジのそんな言葉に、教室中が凍りついた。お前な・・・・ 先生の声は震えていた。その手も震えていたよ。殴るんじゃないかって、誰もが思ったそうだ。
 するとケンジは立ち上がり、先生に顔を近づけた。テストの点数で判断するってのはどうですか? 俺とこいつ、二人ともが平均点を越えれば文句はないですよね? 授業の邪魔はしませんよ。後ろ向いているくらいどうってことないでしょ? それくらいのことで先生の集中力が切れるはずもないですよね。立て続けにそう言った。そして教室内を見回し、みんなもそれでいいでしょ? そう言ったんだ。
 先生は唇を震わせながら頷いていた。なんだかよく聞き取れない独り言を、その日一日呟いていたって噂だよ。
 数学の授業が始まると、ケンジは背を向ける。後ろの奴に、ケンジは授業中にしか勉強を教えなかった。それでじゅうぶんだと思っていたようだ。そしてテストが終わり、結果が発表された。ケンジは百点だった。後ろの奴は九十点だ。平均点は六十点を切っていたよ。
 そのテストは難しかったよ。意地悪な先生で、まだ習っていない部分にまでテスト範囲を広げていた。馬鹿だと思うよな。そうすれば平均点が下がるのは必死だ。ケンジとしてはやりやすくなるんだよ。元からケンジは、先生が言う範囲とは関係なく勉強を教えていた。授業中だけでも、俺達普通の生徒の倍の内容を勉強していたんじゃないかな。ケンジは教えるのが上手かったし、後ろの奴も無理なくケンジについていっていたんだ。
 しかし、当然というか、カンニングを疑われたよ。先生はしつこいくらいに監視をしていて、カンニングなんてできっこないことは分かっていたはずなのにだ。前にいるケンジの答えを見たんだと言い張った。
 その後も数学の先生は認めていないが、カンニングなんてしていないことは他の先生たちが認めていた。後ろの奴は、数学以外でも以前からは想像できないほどの高得点を取っていたんだ。しかも、ケンジとは違う答えで正解を出していたため、カンニングじゃないと証明されている。