やがて開店時間の十時が近づいてくると、渉は店の表に【恋し浜珈琲店】とだけ書かれた小さな立て看板を置いた。


 ドア横に掛けた【close】の札を裏返し【open】にするのも、もうすっかり習慣になっているので、月末月曜の定休日でもついいつもの習慣でうっかり【open】にしてしまいそうになったりする。


 ……店の鍵は開いていないのに。


「ふっ」


 そんなことを思い出していると、つい笑ってしまった。口元に緩く握った拳を当て、くくっと笑い声を噛み殺す。


 なんだか、野乃が来てからというもの、昔の記憶だったり印象に残っていることだったりが、ふとした瞬間に思い出されることが増えたように思う。


 一人で店をやっていると、良くも悪くも決まりきったルーティンを淡々とこなすようになってしまう。それはとても気楽だったけれど、ときにはやはり寂しさが募ることもあった。


 叔父夫婦が強引に野乃の転校手続きをしてくれたおかげで、そんな日々の生活に張りが出てきたのだ。


 お客様以外の人を――野乃をこうして気遣えることが、今は幸せだ。