その瞬間、朱夏は生まれてはじめて〝恋〟というものに落ちた。自分とそう違わない身長の――むしろ少し低いくらいの男子から、そんなことを言われたのは、このときが初めてだったからだ。


 それ以来朱夏は、身長を気にして猫背になりがちだった背筋をしゃんと伸ばせるようになった。

 そうしたら、ぐんと視界が開けて、バレーの調子も上がった。


 ……なんて平凡な恋の理由なんだろうか。思い出すたび、朱夏は今でもよく思う。

 湊が自分より一センチ低いと知ったのは、それから間もなくのことだった。でも、してしまったものは仕方がなく、それからも朱夏は、自分より小さい男子に恋をしている。


 *


 授業後。

 せっかく先生公認でだらだら過ごせたはずなのに、がっつり汗をかいてヘトヘトな様子で体育館をあとにしていく湊の後ろ姿を眺めながら、朱夏は隣を歩いていた香魚に、


「そんなに想ってるんなら、今年こそ頑張って渡してみようよ、お守り。せっかく作ったんだから、もったいないって。ね?」


 私のぶんも頑張って、という切実な願いを込めて、そう言ってみることにした。