そうして晄汰郎に敵意を剥き出しにしていると、練習着の上からでもわかる、ほどよく引き締まった体に唐突に夕日の茜が差して、地面に映る影をすーっと後ろに引き伸ばしていった。その影が、徐々に詩に迫る。

 方々から絶え間なく声が上がり続けるグラウンドには、その声の数だけ蓮高生がそれぞれの部活に勤しんでいるのに、なぜか詩の耳には、また「もう一本!」とノックを要求する晄汰郎の声以外は入ってこない。


 不思議な感覚だった。周りの音も声も遮断されて、ただただ晄汰郎の姿だけが浮かび上がってくるような。そんな、奇妙な感覚。

 だからかもしれない。


「……また、渡すから。受け取ってもらえるまで、何回でも。……じゃあね」


 自分でもまったくの予想外、思ってもみなかったことを口走ってしまったのは。


 返事がないことはわかっていた。だから、言い終わるが早いか、一目散に走り去る。後ろを振り返る余裕なんて、あるわけもない。心臓が暴れ回って、ぎゅっと胸が苦しい。体の奥から変な熱が生まれて、ひどく熱い。

 でも、普段から真面目一直線な晄汰郎のことだから、どうせゴリラ姿勢のまま辛抱強くノックが上がるのを待っているだけだろう。


「っ……」


 それを思うと、また胸が苦しくなった。だから余計に、振り返れなかった。

 はあはあと息を切らしながら、グラウンドの脇から伸びる駅へと続く坂道を詩は一気に駆け下りる。だらだらと下校していく蓮高生を何人か追い抜きながら、ただただ、燃えるように火照る頬の熱を冷ますために。