はじめの一歩を踏み出すと、あとはもう、足が勝手に自分のことを運んでくれているような気がした。涙はいつの間にか乾いて、おかげで視界は良好、気分も真新しい。


 私、きっともう大丈夫だ。

 香魚はぐっと顎を上げてはるか前方を臨む。


 今の私には、泣いている暇も、落ち込んでいる暇も、俯いている暇も、もうない。

 ただ前へ。

 次に向かって、ただただ前へ――。


「行こう、優ちゃん」

「うん!」


 43キロの道のりは、はじまったばかり。

 いつの間にか稲刈りが終わり、すっかり丸裸になった田んぼを前後左右に臨みながら歩く香魚の足取りは、すこぶる軽い。


 香魚は、たわわに実りすぎた四年もの初恋の田んぼをコンバインで綺麗さっぱり刈り取るイメージを頭に思い描いく。

 女の恋は上書き方式。もとから女は強い生き物なのだ。ゴールする頃には、悠馬のことなんて、すっかり忘れているに違いない。



【了】