香魚と優紀は一瞬、ビクリと足を止め、反射的に教室の中に目を向ける。後ろの席に五人ほどの男女が固まっているが、どうやら誰も香魚たちには気づいていない様子だ。


 ちょうどタイミングよく教室の前を通りかかったことと、教室の戸が全開になっていたため、彼らの笑い声がよりダイレクトに伝わってきたと、そういうことらしい。


「びっ……くりしたぁ」

「ね。いきなり大声で笑い出すんだもん、何事かと思っちゃったよ」


 香魚と優紀は、ふたりで目を見合わせクスリと笑うと、再び廊下を歩きだす。笑い声はまだ続いていたけれど、自分たちに向けられたものではなかったことで、瞬時にピンと張り詰めた緊張の糸も、ほっと緩んだ。


「ねえ、で、実際はどうするの?」

「知らないってば」

「えー。そんなこと言って、本当はまんざらでもないくせにー。お守りの生地を買いに行こうって、実はそういうこと?」

「うっさい香魚」


 そんな会話をしながら昇降口へ向かい、それぞれの靴箱の前で内履きから外履きのローファーへと履き替える。

 外へ出ると、南向きの校舎の右側から茜色の西日が差していた。白い壁に反射してキラキラと光の粒を撒きこぼす西日は、すっかり秋だなあと思うのと同時にとても綺麗で、香魚は思わずそちらを向いて目を細めた。