廊下を歩きながら優紀に尋ねる。香魚も優紀も、入学以来ずっと帰宅部だ。特に用事がない日は掃除が終わったら剣道部に寄り道せずにすぐに帰るのがふたりの習慣なのだが、放課後に少し残るなんて、珍しい。


 そのおかげで今日は悠馬の格好いい剣道着姿を見ることができ、まさに眼福と言うほかなかったのだが、しかしそもそもの残る理由が、香魚にはどうしても思い出せなかった。


「……ああ、うん」


 ん?

 しかし優紀は、明らかに歯切れが悪かった。ぽりぽりと頬を掻きながら、つつつと視線を逸らし、困り顔でへらりと笑う。普段からサバサバした性格をしている優紀だけに、その反応は予想外で、とても意外だった。


 ――なにかあるな。

 香魚の中の女の勘が鋭く働く。


「え。なになに、どうしたの」

「いや、香魚の前で言っていいのかどうか、わかんないんだけど……。……その、本命が欲しいって言われちゃって」

「え!? 誰に!?」

「……同じクラスの、朝倉《あさくら》」

「ほんとーっ!?」


 だんだんと声が大きくなってしまいながらも本能に抗えずに急き込んで尋ねる香魚に、優紀が頬を赤くしながらぽそぽそ答える。