そう自分にプレッシャーをかけて、香魚はぐいっと涙を拭って前を見据えた。

 さあ今すぐ渡しに行こう、とならないところが、なんとも香魚らしいと言えば、らしい。けれど、さっきまでは渡す前から諦めきっていたのだから、この短時間の間で、彼女は彼女なりに少しは成長したということなのだろう。


 今すぐ優紀に報告したい気持ちをぐっとこらえ、香魚は力強く足を踏み出す。

 決戦は金曜日。

 どこかで聞いたようなフレーズだけれど、香魚の心境はまさしくそれである。


 大丈夫。ちゃんと渡せる。渡してみせる。

 自信をみなぎらせるために、意識して顎を上げて歩く。


 今さら気づいたけれど、前方には、じっと野球部が活動する様子を眺めているひとりの蓮高生の姿があった。

 見知った顔だなと思ったら、去年同じクラスだった宮野詩だ。泣いていたのを見られやしなかっただろうかとちょっとハラハラしながら近づく。


「あ、バイバイ」

 香魚に気づいた詩が小さく手を振る。

「うん、バイバイ」

 香魚も同じようにして手を振り返し、彼女の後ろを通り過ぎる。

 どうやら見られていなかったようだ。ほっと胸を撫で下ろす。