一日の授業からようやく解放されると、学校全体が、わやわやと一気に浮き立つ。

 部活へ向かう生徒、帰宅部の生徒、特に意味もなく教室に残って友人たちとだべる生徒もいれば、課題の提出を忘れて居残りを余儀なくされたり、先生に捕まって雑用を押し付けられてしまう運の悪い生徒もいる。


 もちろんここ――蓮丘《はすおか》高校でも、おそらくは全国共通だろう高校生たちの放課後が、チャイムの音とともにはじまっていた。


「あ、外周行くとこだ」


 九月も下旬にはなったものの、まだ日中は若干、暑さの残る秋風にセミロングの髪をなびかせながら、小松《こまつ》香魚《あゆ》はぽつりと呟く。

 教室に誰もいなくなったのをいいことに、そそくさとベランダへと出て校門前のロータリーを眺めていた香魚は、つま先立ちをして転落防止の柵から少し身を乗り出し、二十人はいるだろう大所帯の先頭を凛と背筋を伸ばして走っていく黒い頭を目で追う。


「剣道着で外周とか、なんて眼福……」


 眼福という言葉は、つい最近覚えた、香魚の中での高度な日本語だった。中高生の恋愛を主に描いたケータイ小説から得た知識で、機会があれば自分も使ってみたいと思っていた、いわば憧れの日本語のようなものだ。