「アネキ……お姉さん?」

 誠司さんの言葉が上手く飲み込めなくて、呟きながら、意味を理解した。
 その途端、「嘘!」と叫んでしまう。

「あの人、若かったよ!? 32歳の誠司さんよりも年上には見えなかった」

 綺麗で若い独身女性。そう見えたからこそ、不安だったんだ。
 まして、大阪にいるはずの彼の家族がここにいるなんて、思いつきもしなかった。

「それ、姉貴に言ってやったら喜ぶよ」
「本当、なの?」
「ああ。結婚が決まったからって、わざわざ旦那になる人連れて挨拶に来たんや。ほら、俺が正月にも帰らへんから」
「結婚の挨拶に?」

 旦那さんの姿なんて見かけなかった。
 わたしの疑問に気づいたのか、誠司さんは付け加えた。

「旦那さんは先に下りて、車を回しに行ってたから、ちょうど姉貴と二人きりでおるとこを見たんやろ」
「……なんだ」

 安心して、力が抜け、体が崩れ落ちそうになった。
 そんなわたしを支えるように、いつの間にか彼の両手は背中と腰に回され、わたしは彼の腕の中にいた。
 耳元で誠司さんがささやく。

「なあ、俺のことが好きなん?」

 それを聞いて、ものすごく恥ずかしくなった。顔に熱が集中する。
 見なくても、真っ赤になっているのは間違いない。

 彼女がいるって誤解して、連絡を絶って彼に心配かけて、そしてすべてをぶちまけて。はっきり好きって言ったわけじゃないけど、そう叫んだも同じだ。
 誠司さんのかたい胸に顔を押しつけて、彼から隠した。

「悪い? 誠司さんみたいにだらしない男を好きになるなんてって思うけど、なっちゃったものは仕方ないでしょ」

 彼の服を掴む手は震えているくせに、出てくる言葉は可愛くないもので、自分が情けなくなる。
 こんな可愛げのない女、誠司さんは好きじゃないかもしれない。

 ああ、ちょっとしたことでも気になってしまうくらい、彼が好き。
 どこがどうとか、いつからとか、よくわからない。
 家庭の味に飢えてる誠司さんに母性本能が刺激されたのがきっかけだったんだろうか。さりげなく優しく、あたたかい誠司さんのそばにいたいって思った。
 こんな人が家族になってくれたらって。

「悪くないよ」

 彼の力がこもり、聞こえた声に胸が熱くなった。

「俺も会ったときからカスミに惹かれてた。なんか寂しそうで、ずっとそばにいたいって思ったんや。俺の彼女になってくれへんか」

 わたしは彼の大きな背中にそっと腕を回し、彼の中で頷いた。
 そのとき、いきなり強い風が吹いた。

「わっ」
「なんや、突風か」

 誠司さんがわたしを守るように、風よけとなってくれる。彼の隙間から、白っぽいものが風に舞い上がっているのが見えた。

「誠司さん、桜」
「あ?」

 二人して、桜を見上げた。今の風で、花びらの一部が落ちてしまったようだ。

「せっかくの満開の桜なのに、すぐに散っちゃうのかな?」
「まあ、でも、雨は降ってへんから明日は大丈夫やろ。明日、お花見に来よか」
「うん!」

 また明日。
 明日がある。そのことに嬉しくなった。明日のお花見が楽しみだ。
 わたしたちはどちらからともなく手を繋いで、公園をあとにした。