「せやけど、おせちのためだけやったら、知らない女の作ったおせちをホンマに食べたりせえへんかった。カスミが心配やったねん。強がり言うわりには今にも壊れそうで、一人にしたらあかんって思った」

 誠司さんが立ち止まり、つられてわたしも立ち止まっていたけど、誠司さんが距離を詰める。彼の右手がわたしの頬に伸び、首筋がぶるっと震えた。
 その震えが伝わることを恐れ、とっさに「……あ、ありがとう」とかすれた声で呟いた。

 心配してくれたことへのお礼。
 しかし、それをきちんと説明することはできなくて、彼に通じたのかはわからない。

「それで、なんで急に俺に彼女がおるなんて思ったんや」

 誠司さんは荷物を地べたに置くと、わたしの両頬を手で挟み、目をあわした。
 誠司さんが腰を曲げて、わたしの顔にその顔を近づける。月明かりしか照らすものはないというのに、誠司さんの真剣な瞳と薄い唇が見える。
 あまりの近さに、さらなる緊張が体を駆け抜けた。

「だ、だって……」

 言いたいのに、それ以上言うことができなかった。
 彼を意識すればするほど、言葉が砂のように崩れ落ち、出てこない。
 見られ続けていることに耐えられなくなって、ぎゅっと目をつむった。

「“だって”なんや?」

 誠司さんの息がわたしの瞳をくすぐる。
 左頬に添えられた手が撫でるように首筋へと移動する。
 わたしは体の横にたらした両手をきつく握りしめた。

「だって」

 同じことを繰り返しながら、一気に言った。

「誠司さんの家から綺麗な女の人が出てくるのを見たんだもの」

 彼女じゃないなら、どうして一人暮らしの男の家から異性が出てくるのだろう。

「俺の家……女?」

 彼の声が聞こえたけれど、わたしをくすぐるものはない。そのことに気づいて、うっすらと瞳を開けた。
 誠司さんは寄せていた顔を離して、眉を寄せて上を見るようにして考えこんでいた。

「ああ、そっか」

 30秒もしないうちに彼は納得したような声をあげた。
 わたしに向き直ったその顔は晴れ晴れとしている。

「な、なに?」

 気になって、問いかけた。

「女の人が出てきたのって、最後の弁当の日やろ?」
「ええ」

 わたしの返事を聞いて、誠司さんはにんまりと笑った。

「それ、姉貴やねん」