もしもあのときこの公園に寄らなかったら、このごみ箱におせちを捨てようとしなければ、今は一体どうなってたんだろう。
 家と会社のつまらない毎日を送っていた?
 健吾とよりを戻していた?

 わたしはごみ箱の側にあるベンチに腰を下ろした。
 桜を見上げる。

 感情の蓋が閉まらない。
 じわりと涙がにじむ。
 それを堪えながら携帯のカメラで撮った写真は、ピントが合っているのかわからなかった。
 黒の中にぼんやりと白が浮かんでいる。
 それをメールに添付した。

 ――桜、きれいです。

 たった一言のメールなのに、5分も迷った。迷って迷って、勇気を出して送信ボタンを押した。
 わたし、彼へのメールは迷ってばかりだ。

 自分に自信がつくまで、彼と会うことは辛いけど、メールだけでも迷惑がられずに続けられたらいい。
 そして、いつかあの綺麗な女性よりもわたしを見てくれたら――……。
 結局、自分から縁を切ったくせに、未練ばかりが胸を占めている。
 そんなことを考えながら、ぼうっと桜を見ていた。


 それから10分は桜を眺めていて、不意に気づいた。
 急いで帰らないと、買った鮭が傷んでしまう。春の夜は涼しいし、オイルに漬けているから常温でも傷みにくいとはいえ、生ものだ。あまり長く持ち歩かないほうがいい。
 腰を上げようとしたとき、どこからか「カスミ……!!」とわたしを呼ぶ声が聞こえた。

 え……?

 わたしは目を見開いて、固まった。聞き覚えのある声……まさか。
 そんな、まさかと思いながら、腰をあげかけた中腰のまま辺りを見回すと、右のほうから駆けてくる誰かの姿が見えた。

 ドクンと心臓が大きくはねる。
 グレーのスーツに短い黒髪。
 ここに来るはずがない。そう思うけど、その姿は間違いなく誠司さんだった。