「そ、そうだけど」

 見知らぬ男に話しかけられ、警戒心を抱きながらも、頷いた。

「この時期に四角い包み。しかも、さっきの叫び。てことは、それっておせちやろ」

 わたしは言葉もなく、ただ首を縦に振った。
『さっきの叫び』って、一体、どこから聞かれてたんだろう。
 いけないことをしてる気分になり、お重をごみ箱の上から胸の前に抱えなおした。

 目の前に立つ男は、5センチのヒールを履いて170センチ近くあるはずのわたしより、さらに頭ひとつ高かった。
 頬は少しこけていて、無駄な肉がついてるようには見えない。それなのに、決してやせ細った印象を与えないその体は鍛えられているんだろうか。
 奥二重の瞳は、元カレに比べたら小さいけど、まっすぐに伸びた太い眉もあいまってか、顔が濃く見える。
 冬なのに浅黒い肌をしているし、精かんな男といった感じだ。

 脱いだらすごそう。
 つい、変な方向へ思考がいってしまった。

「捨てるんなら、俺にくれへん?」
「は?」

 男はわたしの前まで来ると、おせちを指さして言った。
『くれへん』って『ちょうだい』って意味だよね。

「食べるの、これを?」
「ああ。一人で暮してるから、もう何年もおせちなんか食べてへんねん。やっぱ、正月にはおせちが食べたくなるやん」
「何年も食べてないって、お正月なのに実家に帰らないの?」

 大きな声を出してしまい、たくさんの息が白に染まった。
 この人が何歳だか知らないけど、わたしよりは年上に見える。学生じゃあるまいし、帰省するお金がないようには見えなかった。

「仕事が忙しいねん。31日まで仕事やから、帰る気になれへんくて。帰っても、ゆっくりできんと疲れるだけやし。で、それ、食べてもええんか」

 もう一度訊かれ、自分の抱える包みを見た。
 今頃、彼氏――『元彼氏』が正しいんだけど――に食べてもらうはずだったコレ。
 おせちって品数は多いし、手間のかかるものばかりだから、昨日一日がかりで作った。
 あんなに頑張ったんだから、食べてもらったほうが救われるのかもしれない。
 いくら嫌な目にあったからといって、ごみ箱行きはこのおせちもかわいそうだよね。

「……いいよ。あげる」

 そう言って、包みを差し出す。でも、男は受け取らずに、辺りを見回した。