翌日はひどい頭痛で目が覚めた。お正月に飲み過ぎたときみたいだ。
 しかし、頭痛の理由はあのときとは大きくかけ離れている。

 瞼が重くて、少し熱い。頬には干からびた涙のあとを感じる。
 枕もとの時計を見ると、まだ朝の5時。
 起きるには早すぎた。それでも、のろのろとベッドから出ると、顔を洗って出かける用意をする。

「最悪」

 鏡で自分の顔を見て、つぶやく。
 まぶたが腫れていた。

 いつも以上に不細工で、普段している薄化粧ではごまかせそうにない。とはいえ、どんな化粧をすればいいのかもわからず、やったことといえば下地を塗るときにイエローのコントロールカラーで赤みを抑えたくらいだ。
 あとはいつも通りにファンデーション、茶色とベージュのアイカラー、気安め程度に引いた鉛筆タイプのアイライン、マスカラ、アイブロウで仕上げた。

 でも、これはまぶた付近の赤みを少しごまかしただけで、目の充血が治るわけじゃない。
 勘のいい人には泣いたってばれるかもしれない。それは嫌だ。
 こういうとき、冷やすのと温めるのはどちらがいいんだろう。
 とりあえず温めてみるか、と濡らしたタオルをレンジにかけて、かなり熱い蒸しタオルにした。

 それをビニール袋に入れ、仕事用のかばんに突っ込んだ。かばんを持つと、いつも通りに黒のパンプスを履いて玄関のドアを開けた。
 その瞬間、カタンと音が鳴る。

 なんだろう、とドアを見ると、外側の取っ手に空のお弁当箱を入れた紙袋がかかっていた。
 誠司さんだ。いつ来たんだろう。気づかなかった。

 紙袋を見ていると、胸が、目が熱くなって、また涙が出そうになった。
 どんなに綺麗な彼女がいても、わたしから言いだしたお弁当の関係は切れることがないのか。わたしが作ることをやめない限りは。
 目を覆うように俯いたとき、指の隙間からいつもの靴を履いた足が見えた。
 例のローヒールのパンプス。

 まずは、この靴を変えることから始めよう。彼に見合う女になりたい。
 玄関に舞い戻って紙袋を床に置くと、靴箱を開けた。
 その奥に眠っていた7センチヒールの黒色のパンプスを取り出す。

 靴の正面と細いヒールの後ろに同色異素材のリボンがついていて、可愛いパンプスだ。リボンが同色だからか、そう派手でもなく、会社に履いて行っても問題ない。
 可愛くて気に入り買ったはいいけど、ヒールの細さと高さに慣れてなくて、ろくに履かずに仕舞ったままとなっていた。

 この靴が、今のわたしにはきらきらと輝いてみえる。
 手持ちの靴の中で、一番、女らしい靴。

 わたしはそれに履きかえた。
 色はさっきまで履いていた靴と同じ黒だけど、可愛さと高さが変われば心も変わる。
 今度の休みは可愛いスカートを買おう。
 そう胸に誓うと、まだ薄暗い外へと出た。