誠司さんはわたしに背を向ける形で立っていて、表情が見えない。だけど、その女性が笑っているようだということはわかった。二人は楽しく話をしていると簡単に想像がついた。
 やがて、1分もしないうちに話は終わり、誠司さんはわたしに気づかないまま部屋へと戻った。

 例の女性は帰るらしく、こちらへと向かってくる。
 このまま立ちつくしていることも不自然なので、震える足に喝を入れて、ゆっくりと歩きだした。
 心臓がドクンドクンと大きく脈打つ。

『彼女を見ないように』

 そう自分に言い聞かせても無駄だった。すれ違う瞬間にしっかりと見てしまう。
 わたしは敗北を悟った。
 間近で見る彼女は、身なりだけではなかった。顔も美人だった。

 大きな瞳に長そうなまつげ、小さな鼻にふっくらとした赤い唇。
 もちろん、今はまつ毛のエクステやつけまつ毛だってあるし、化粧で顔の印象の変わる女の人はたくさんいる。素の彼女がどんな顔かはわからない。

 だけど、わたしはどんなに頑張って化粧をしても、美人とは言われない。綺麗で華やかな顔にはならない。
「きっと顔を作ってるだけ」なんて嫌味は言えない。

 だいたい、服装の気づかいからしたって違うんだ。
 わたしは自分を見下ろした。
 黒のパンツに白のストライプシャツ、グレーのカーディガン、ローヒールで何の飾りもないシンプルな黒のパンプス。

 会社の外に出ることのない内勤の事務とはいえ、制服がないため落ち着いたオフィスカジュアルを心がけている。
 とはいえ、手抜きをしすぎかもしれない。
 オシャレな女の子は毎日スカートを履いて、足元だって可愛いパンプスだ。派手すぎなければ、多少のオシャレは問題ないんだ。

 わたしは自分の靴を見下ろした。
 せめて5センチヒールのパンプスにすれば良かった。
 いくらマンションの階段の上り下りが大変だと言っても、もうちょっとヒールがあるものでも良いのかもしれない。
 高いヒールのほうがきれいな足に見えるものだ。

 誠司さんのことが気になっているくせに、今までオシャレなんて言葉を忘れ去っていた。
 彼に女として見てもらいたい、少しでも綺麗でいたい。好きな人に対してそう思うことは、女性であれば当たり前の感情であるはずなのに、わたしは自分が楽することだけ考えていたのかもしれない。
 そんな女失格の自分にようやく気づいた。いや、彼女に気づかされたんだ。

 でも、もう遅い。

 どうやら誠司さんには美人な彼女がいるらしい。オシャレもしないようなわたしには、彼のそばにいる資格なんてないんだ。
 そう思うと、わたしはインターホンを押すことができなかった。
 一緒に花見へ行こうと約束したのに、その約束すら果たせそうにない。