「誠司さん?」

 覗きこむように見ると、「んん」と小さなうなり声が聞こえた。起きたというより、まだ頭は半分寝ているのかもしれない。
 朝に弱いのかな。
 寝ぐせのついた髪を見て、口元が緩んだ。

 それにしても、本当に何もしなかったんだ。男なんていざというときは信用できないと思っていたけど、ちゃんと誠実な人もいるのね。
 心が何か温もりで満たされていく。

 誠司さんを起こさないようにそっと頭を上げると、頭に痛みが走った。こめかみをおさえ、顔をしかめる。
 わたしの動く気配に気づいたのか、誠司さんがベッドの上でもぞもぞと動き、薄く目を開いてわたしを見た。

「……おはよ。どうした、頭が痛いんか」
「ええ。痛みで起きてしまって」
「二日酔いやな、大丈夫か」
「……二日、酔い?」

 これがそうなのか。いつも酔いすぎないようにセーブして飲むので、二日酔いになったことはない。
 ん?

「もしかしてさっきから何か臭いのって、わたし、酒臭いんですか?」

 腕の匂いを嗅いでみるが、よくわからない。

「臭うほど飲んでないはずやけど、水を飲まずに寝たら自分の息が臭く感じることはあるで」

 誠司さんはベッドから抜け出すと、部屋の隅にある棚へ向かった。
 棚に置いていた小ぶりの透明なケースを持って、こっちに戻ってくる。彼は歩きながらケースを開けると、薬の箱を取り出した。

「ほら、飲んでおけや。頭痛薬や」

 箱から2錠出してわたしに渡すと、今度はキッチンから2Lの水のペットボトルとグラスを取ってきて、それらも渡してくれる。

「ついでに水もたくさん飲んどき」
「……ありがとう」

 わたしはベッドに腰かけて、グラスに水を注ぐ。

「昨日は俺も悪かったわ。あんなに酒に弱いと思わんくて」

 それを聞いて、どういう顔をすればいいかわからなかった。
 誠司さんは謝りながらも、その顔は悪いと思っているように見えない。わたしの飲み方に呆れたのかもしれない。
 そう思うと、その謝罪を素直に受け入れるわけにはいかず、首を横に振った。

「ううん。一気に飲んじゃったわたしが悪いし」
「せやな。日本酒なんてそこそこ度数高いのに、まさか一気飲みするとは思わんかったわ」

 そう言う誠司さんは、口では意地悪を言ってるのに、顔は笑っていた。それが幼く可愛く見え、ドキッとする。年上に可愛いっていうのも何だけど。