「はぁ……。行かないといけないんだよね?」
4月、新しい高校への登校初日。
重たい足取りで通学路を歩み進めてきたけれど、高校へと続く最後の上り坂で一旦立ち止まり、豪快にため息をついた。
やっぱり鼻から入ってくるのは大自然の美味しい空気ではない。
家畜農家からは距離があるはずなのに、ここまで肥料臭さが続いていて、思わず制服の袖の臭いを確認した。
まさか、私の制服に染み付いてしまったせいじゃないよね?
クンクンと匂ってみても麻痺した私の鼻は、原因を突き止められず、諦めて改めて自分の制服姿を見下ろす。
新しい制服が間に合わず、まだ東京の制服のまま。
この学校では目立たず過ごそうと思っていたのに、まずこの制服で目立ってしまう。
私は、体の中から肥料の臭いを吐き出すように、大きく息を吐く。
この坂を上りきれば、楽しくもない高校生活が、また待っている。
引っ越しをしたからって、学校から逃げられるわけではない。
唯一の救いは、私を知っている人が、ひとりもいないということ。
目立つことなく静かに過ごしていれば、誰の目にもとめられないはずだ。
友達なんていらない。必要ない。
朝登校して、自分の席に座って、昼食時間には誰もいない階段や空き教室を見つけて食べて、学校が終わればそそくさと家に帰る。
次の日も全く同じ。
そうやって、何事もなく、卒業を迎えたい。
大丈夫。ここは私の知らない場所。
ゼロからスタートできる。
誰の記憶にも残らない、薄い存在でいられますように。
一歩一歩上る足に、切実な願いを込めた。
東京で経験した、最悪な高校生活にならないように。
それなのに……。