「いや~焦った。起きたら集合の時間だったわ」
激しく呼吸をしながら、黒崎くんは眉を寄せて苦笑した。
「去年は一番乗りだったのにな。まぁ、寝坊はおまえらしいよ」
瀬戸くんが軍手の手で黒崎くんを指差し笑った。
「黒崎くん! 早くこっちきて~一緒にキレイにしよ~」
桜庭さんが猫なで声で言う。
黒崎くんを前に、やる気が出たようだ。
黒崎くんはというと、彼女の誘が聞こえていないかのように、私に手招きする。
ドキリとした。
ときめいてはいけないのに、何故か制御がきかない。
みるみる変わっていく桜庭さんの恐ろしい視線から目をそらし、だけども黒崎くんの方にもいけずにただただその場に佇んだ。
「古川〜! ここ。このあたりが、キレイにホタルが見えるんだ」
少し先で私に大声で言った黒崎くんを見ると、また大きく私に手招きをしていた。
「そうそう、ここここ」
私より先に、瀬戸くんが黒崎くんの元に行く。
よかった。瀬戸くんが行くなら、私もいける。
ゆっくり流れる川を結ぶコンクリートの橋付近は、ハッとするほど空気が澄んでいた。
川の水気を含んだ少し湿っぽい風が、私の頬を撫でる。
その瞬間急に懐かしさに包まれ、目の前が巻き戻された。
あの日も、こんなに湿っぽい風の吹く夜だった。
コンクリートの橋付近。多分、ここ。間違いない。
月が雲に見え隠れすると、その子の湿気をまとった横顔も、光っては消えて行く。
『また一緒に蛍を見ようね』
初めて会ったその子と、初めて小指と小指を絡めたんだ。
この空気と、この胸を締め付ける懐かしさは、ここで間違いない。
体の中で、細胞がざわついた。
幼い記憶に残る、懐かしい思い出。
女の子とまた一緒にホタルを見ようと約束した、あの場所だ。
「思い出したかも...」
私が呟くと、黒崎くんは眉をあげた。
「この場所、私昔、ここで...」
「ここにくるとやっぱり昔を思い出すよね~」
私の言葉を遮ったのは、桜庭さんだ。
彼女も目を遠くにやって懐かしんでいるように見える。
「あ~なんか前にも言ってたよな。小さい頃よくここにホタルを見に来てたって」
瀬戸くんが言うと、彼女が頷いた。
「俺も確かこのあたりだった」
続いて、黒崎くんも言う。
「私、おじいちゃんと見るのが楽しみだったの。今はもう亡くなったけど、おじいちゃんが元気な頃は毎年見に来てた」
え……?
おじいちゃんと見に来てたって?
もしかして、私が約束をした女の子って......桜庭さん?