後ろの彼の言葉に私は胸を撫でおろした。
無関心でいてくれてありがとう。とさえ思える。
やっぱりさっき廊下で私の名前を呼んだのは、ホームルームをサボるため。
“知り合い”だからと嘘をついて、自己紹介を聞く必要がないと先生に言って。
まぁそう言ったからってサボることは許されないのだけど、“彼”だから特別なのだろう。
「なんでそんな塩対応なんだよ。知らない土地に引っ越してきたんだから少しは気遣ってやれよ。なぁ、古川さん」
「え……あ、私は、別に、その、気にしてないので……」
無言ばかり貫くのは逆に悪い噂が立つと思い、角を立てずに返した。
お構いなくと、心の中で付け加えて。
「黒崎くんは素っ気ないけど、わからないことが言ったら何でも聞いてね。あ、私の名前は桜庭真衣香。よろしくね、古川さん」
横から割り込んで来た可愛らしい声を見上げると、これまた外見までも可愛らしい子だった。
彼女は頭のてっぺんで器用にお団子を作り、細くとった両サイドの髪をコテで巻いている。
彼女の後ろには3人の取り巻きがいて、パッと見ただけで、この子がリーダーなのだとわかった。
「黒崎くんももっと優しく接してあげなきゃ〜。迷子の子猫みたいに泣きそうな顔してるじゃん〜」
彼女が冗談っぽく言うと、取り巻きがクスクスと笑い出す。
嫌な感じ。
「ああそうだ、古川」
私は驚いて、思いっきり勢いをつけて後ろの彼を振り返った。
彼女の言葉を完全に無視していたし、あまりにも自然に名前を呼ばれたから。
「俺、親から頼まれてることあんだわ」
「え……なに?」
出した声がかすれた。
気が張って、口の中の水分が飛んでいたから。
「まぁ、そのうちわかるだろ」
な、なんなの?
あなたの親が、一体何を頼んだというの?
ていうか、あなたもしかして本当に私を知っていたの?
あなたは誰なの?
こんなに観客の多い中でそんなこと言わないでよ。
ほら、一気に彼女の目が変わったじゃん。
こういう系の女子は、嫉妬心が強いんだから。