そんなことを考えていると、授業終了のチャイムが聞こえてきてあたしは立ち上がった。
先生の声が聞こえてきて、生徒たちのざわめきが一際大きくなる。
隣の倉庫が開閉する音が聞こえてきて、道具を片付けている様子も伝わって来た。
声を上げるなら今だ!
「誰か! 助けて!」
少し恥ずかしかったけれど、あたしは大きな声でそう言った。
「あれ、今誰かの声が聞こえなかった?」
そんな、女の子の声が聞こえて来る。
「ここ! ここに閉じ込められてるの!!」
必死になって叫ぶと、2人分の足音が近づいて来た。
これで助かる!
そう思って自然と体の力が抜け、その場に座り込んでしまった。
「誰かいるの?」
そう言って倉庫の扉を開いてくれたのは、1年2組の女子生徒2人だった。
何度か会話をしたことのある子たちだ。
「菜々花!?」
1人が驚いて目を見開く。
「開けてくれてありがとう」
あたしは2人へ向けてお礼を言い、どうにか立ち上がって倉庫を出た。
思っていた以上に体が冷えていたようで、体育館の中が暖かいと感じられた。
「あ、あのさ菜々花……あたしたちが助けたこと、黙っててくれる?」
慌てた様子でそう言われて、あたしは硬直してしまった。
「え……?」
「ほ、ほら……3組の栞奈とか……ちょっと怖いし」
そう言って、あたしから視線を外す。
あたしが3組でどんな扱いを受けているのかも、すでに知っているのかもしれない。
それ所か、栞奈たちの影響は他のクラスにまで及んでいるのだ。
その事実に愕然としてしまう。
こんな状態になっていたなんて知らなかった。
「わかった」
あたしは小さな声でそう返事をして、ようやく歩き出したのだった。
更衣室から出て来たあたしは真っ直ぐ教室へ戻ろうとしたが、どうしても足が重たくて前に出なくなっていた。
誰かに連絡を取ろうと思ってスマホを取り出してみても、助けてくれそうな友人はいない。
青空クラスの子たちの連絡先を、あたしはまだ知らなかった。
体育館の前で茫然と立ち尽くしていると、次の授業が始まるチャイムが鳴りはじめた。
「あ……」
早く教室へ戻らないと。
気持ばかりが焦り、体が言う事をきかない。
教室へは行きたくないと、心が悲鳴を上げている。
気が付けば、あたしはその場に棒立ちになったままボロボロと涙を流していた。
何が悲しいのか、何が苦しいのかわからない。
ただ、今まで貯め込んで来たものが、一気に溢れ出してしまった感覚だった。
「おかしいなぁ……」
そう呟いて手の甲で涙をぬぐう。
それでも、次から次へと溢れだして止まらなかった。
こんなんじゃ教室へは戻れない。
青空クラスにだって行くことはできない。
あたしはそのまま、体育館横にあるトイレの個室へと移動した。
ここなら滅多に人が来ないし、いくらでも泣くことができる。
そう思うと、途端に嗚咽が漏れた。
まるで子供のようにしゃくり上げながら泣く。
「なんで……っ! なんであたしがこんな目にあうの……!」
それは、周囲に誰もいないから言える心の叫びだった。
あたしがなにをしたっていうの。
どうしてここまでされなきゃいけないの。
なんで栞奈たちがそれを見て笑っていられるの。
次々と苦しい疑問が浮かんでくる。
理不尽で、やるせない気持ち。
「誰かいるの?」
不意にそんな声がトイレの外から聞こえてきて、あたしは耳を澄ませた。
どこかで聞いたことのある声だった。
クラスメートたちの声とは違う、優しくて強い声。
「誰か泣いてるの?」
穂香とみゆなだ。
どうして2人がここにいるの!?
そんなことを考えるより先に、あたしはトイレのドアを開けていた。
驚いた表情の2人が立っている。
「菜々花?」
泣いているあたしを見て穂香が戸惑いの表情になる。
そんな穂香へ向けて、あたしは両手を伸ばした。
穂香はあたしの手を握り、そしてあたしの体を抱きしめてくれる。
暖かくて、優しい香り。
「穂香~! みゆな~!」
「ちょっと、どうしたの菜々花」
穂香があたしの頭をポンポンと撫でてそう聞いてくる。
あたしは返事をしなかった。
返事をしない代わりに、穂香の胸を借りてひとしきり泣いたのだった。
☆☆☆
トイレの外へ出るとようやく気持ちが落ち着き、涙が止まっていた。
「こんな所で1人で泣くくらいなら、青空クラスにおいでよ」
みゆながあたしの手を握りしめてそう言った。
あたしもそうしたかった。
でも、今日だけはと思って頑張ったんだ。
「2人はどうしてここにいたの?」
そう聞くと、穂香とみゆなの2人は目を見交わせた。
「あたしの話、聞いてくれる?」
何かを決意した様子で穂香が言う。
あたしたち3人は誰もいない体育館裏へと移動し、そこのコンクリートに座った。
「あたしね、カメラアイなの」
穂香の言葉にあたしは瞬きをした。
「カメラアイ?」
「そう。瞬間記憶能力っていうやつ」
それは聞いたことがあった。
1度見たものを忘れない能力のことだ。
「うそ、すごいじゃん!」
思わず大きな声になってしまい、慌てて周囲を見回した。
周りには誰もいないし、誰も気が付いていないようでホッと胸をなで下ろす。
「最初はね、みんなそういう風に言うの。すごいねとか、羨ましいとか」
そう言い、穂香は視線を下へ向けた。
蟻の行列がせわしなく歩いて行く。
「でも、そう言うのって次第に妬みに変わって行くんだよね」
「え……?」
「テストの時とかさ、『穂香はいいよねぇ、勉強しなくてもいいんだから』って。何度も言われて来た」
その言葉にあたしは頷いた。